貧乏人が綴る、以前運営していたHPの日記コンテンツを引き継ぐブログ。

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『祝の島』座談会・2

2010 - 02/10 [Wed] - 10:21

 「祝島座談会」第2回目。
 今日は、映像放映に引き続いて行われた、座談会の様子をお送りします。
 私のメモを元にしているので、ところどころ行き違いがありますがご容赦願います。

 映像終わり。ここから座談会

 内藤(以下:N)
 このイベントで話すのはこれがは2回目で、前回は殴り込みみたいな形で来た。前回は永六輔が出ていたが、(彼は高齢なので)舞台で倒れた時に備えて待機していた。
 島の中では、普段は暮らしに溶け込むような格好をしている。纐纈さんも、島内では目立たないようにしていた。
 余命というのは医者の言うことを真に受けてはいけない。あくまでも統計でしかない。そのおばあちゃんは余命1ヶ月といわれながら、結局10ヶ月生きながらえた。その様子を見て「うらやましいな」と思った。

 纐纈(以下:H)
 死にゆく患者を支える中で、人が最後の時を迎える仕事ををしているということが伝わってきた。映像を見ていて感じたことは島の人たちの生き様に強烈な者を感じている。

 N:最初祝島という文字も知らず、どこにあるのかわからなかった。映像は言葉以上にインパクトがあるが、それだけがリアリティーではない。命は自分が困ったり傷ついたりしないことには学べない。私は地理がわからない。学会で高知に行った時に祝島のことを聞かされ、現地訪問のお誘いに対し。軽い気持ちでOKした。原発建設予定地に上陸したので、そこでなにが起きているのかわかった。
 段々畑のあるところは歩くと1時間以上かかる。坂を転げるとそのまま海に落ちる、そんなところばかりだ。みんなでいいなあ。そこで亡くなりたいと望めばできる状態になっている。子供が来られないと決まっていたら、子供がこちらに来ることができる方法を、今から考えないと間に合わない。
 知らない、なにかを作り出すという世界がそこにある。輸入品に頼って生きているが、原発の問題が反対していることを誰も知らない。そこに現代社会の危うさがある。命に触れるということを何らかの形で考えて欲しい。

 山秋(以下:Y)
 今からなら何とかしていける。纐纈さんが無関心への怒りがあるといっていたが、それだけで映画を作っているわけではないと思う。そこまで粘り強くやっているところには、そういう物のつながりが希薄な首都圏の人間関係に物足りなさを感じているのかな?地元の人たちとの交流で印象に残ったことを教えて。

 H:怒りもあるが、島の人が本当に好きになり、いろいろ知りたくて共感したくて、それを撮影という手段を用いて、島に通い続けた。年末年始に「寅さん」を見たが、そこで展開される世界には、たとえ悪人とか裏切りが入ってきたとしても、全体として他人の暖かさ、つながり、信頼感があり、神経の1本がゆるみ、常に安心してみられる。寅さんと祝島の人は感覚が似ている。絶対的な安心感がある。いろんな人がいるが、それぞれがいいと認め合いながら暮らしている。そうでないと、厳しい環境では生きていけない。自分がその空間にいることが嬉しい。突き詰めて考えていけば、命と命の実感がある。島の住民はコメディアンみたいだ。

 N:原発のデモは安否確認かと思うほど静かだ。世間話をしながら「エイ、エイ、オー」と叫ぶ。警官はその様子をじっとみている。それが28年も続いている。

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『祝の島』座談会・1

2010 - 02/07 [Sun] - 10:05

 今年の夏、上関(かみのせき)原発建設問題で揺れる祝島(いわいしま・山口県)の風景と、その地で暮らす人たち日々を扱ったドキュメンタリー映画「祝(ほうり)の島」という映画が公開される。それに先立ち、1月28日にスペースカフェ・ポレポレ坐(東中野)で『祝の島』座談会の第3回目が開催されたので、その様子をご報告したい。今日は、座談会に先立ち公開された映像の様子を、かいつまんでご報告する。なお発言は要旨であり、私のメモを元にしていることを最初にお断りしておく。

 出演者
 纐纈(はなぶさ)あや:映画「祝の島」監督
  
 ゲスト
 内藤 いづみさん(在宅ホスピス医) 

 司会進行
 山秋 真(ライター)

 映像公開の前に、纐纈さんから挨拶があった。

 初めて祝島にやってきた時、強烈で、明るくて、痛快で、加わっただけで元気になってしまった。あの時のうれしさは忘れられない。きちんとした映画を作ろうということで、映画制作がはじまった。
 島の人が対峙にしているものがなんなのかをを知りたい、映像を記録したいという気持ちから撮影を開始。現地で自炊しながら撮影していた。クランクアップは昨年12月で,今は編集中、今年12月に公開したい。一人でも多くの人に見てもらおうと、4月26日にイベントがあるので、その時にお披露目したいと思っている。
 この座談会は原発だけでなく、いろんな事を楽しく話す場を設けたいという気持ちからはじまった。今日は地域で最期を迎えるというテーマで話を進めたい。島に通い始めて、すごく大きなことに気がついた。祝島の住民は高齢者が78%で、ここ最近は急カーブで高齢化が進む。祝島は30〜50歳代の層がほとんどいない。それは仕事などで島の外に出てしまうからだ。自分達の代で島の営みの連鎖が終わろうとしている、それが原発以前に大きなことだ、街自体が元気だったら原発誘致ということにならなかったのではないか。内藤泉さんが祝島に来ることになって、今回の座談会につながった。
 この映像は、祝島のジジババの映像満載である。私が惹かれた島の姿が伝わればと思う。

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小沢幹事長続投へ

2010 - 02/04 [Thu] - 14:33

 この一ヶ月間の騒ぎはなんだったのか?

 小沢幹事長続投へ 4億円不記載、4日不起訴処分

 今回の小沢氏の献金疑惑は、どこがどう問題なのか、悪い頭をいくらひねっても理解できない。
 そりゃ、企業献金が悪いことは、誰が見てもわかる。
 戦後の大型疑惑といわれた「ロッキード事件」だって,動いたといわれる金額は5億円。
 30年以上前とは経済価値が異なっているとはいえ、今回騒がれている4億円だって、決して小さな金額ではない。
 私が違和感を感じるのは、ロッキード事件の中心人物・故田中角栄氏が国会の最高権力者だったのに対し、今回の小沢幹事長は、検察が「疑惑があった」と(勝手に)騒いでいる当時は「野党」の党首だった。地元では「大物」かも知れないが、野党党首に業界で「大手」といわれている会社が,多額の献金をするかどうか、ちょっと考えてみればわかると思うのだが。
 小沢幹事長の「4億円」を問題視するのなら、それ以前に取りざたされていた二階敏博氏の疑惑も調査するのが筋というものだろう。ところが検察は、二階氏の疑惑は形だけの捜査をやっただけで、略式起訴して捜査を追えてしまった。何とかの一つ覚えのように、連日「小沢」「小沢」と連呼するメディアが、二階氏の疑惑を追及しなかったのは不可解である。
 メディアはしばしば小沢氏のことを「豪腕」だの「口べた」だと評するが、本当にそうなのか?メディアが彼のことを嫌っているのは、小沢氏が当時の細川政権下で記者会見を「サービスだ」と言い放ったために、メディアがこれに反発したからだ。しかし、独立系メディアやネット上では、この評価に異を唱える人が目立つ。その証拠に、小沢氏はきちんと準備された質問には、丁寧に応対するそうだ。ある外国人ジャーナリストは、小沢幹事長について
 「きちんとした質問には、理路整然と答えてくれる人」
と述べている。
 小沢幹事長がメディア,特に新聞に代表される大メディアを嫌っているのは、今のメディア関係者は、ほとんど勉強していないで質問することが多いからだろう、と勝手に想起してみる。実際、先日某ニュース番組で報道された小沢幹事長の記者会見の映像はひどかった。「疑惑」とされる4億円は金庫の中にあったものだと答えた小沢氏に対し,テレビ局の報道記者は「どんな金庫ですか?」と質問したのには呆れた。これには小沢氏も苦笑いするしかなかったのだが、おそらく内心では「こんちくしょー」とでも思っていたに違いない。マスコミがバカな質問をする→呆れて回答しない→メディアはバッシングに走る→ますます質問に答えなくなる、という悪循環である。

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水俣病とメディア・3

2010 - 01/23 [Sat] - 10:40

 昨年11月3日に法政大学で開かれた「水俣病とメディア」の報告3回目。
 今回は、小林直毅・法政大学教授の話。

 私は熊本の放送局で流れたニュースを分析した。全国紙については言及されているが、テレビニュースは少ない。地方紙は縮刷版が残っているし、ドキュメンタリーは再放送されているが、テレビニュースを保管することはない。現在では保存している場合があるが、当時はその習慣がなくて素材が残っていないため、研究対象にならないが、特定地域としての認識を知る上で、テレビニュースの分析は不可欠である。熊本放送、NHKもあるし、当時の人が何を見ているかを知るのが研究の目的だ。
 地元放送局に保管されているニュース素材はないが、熊本放送が始まったのが59年、ラジオは53年。59〜68年が分析期間、素材は47本だが、収録された時間はそんなに長くない。検索項目は68本、素材はもともと社内業務用に作られたため、一般公開されていない。そのため、個人的な信頼関係を築いた関係者から「学術研究」の目的で許可をもらって視聴した。アーカイブを作りたいのは、いろんな人に研究を公開したいから。オンエアした素材ではなく、プリントした物だけが現存している。そのため、ニュース原稿・進行表の発掘と対照が必要だ。放送記録はあるが、映像がない物がある。データー分析をしながら自分達がわからなければ、先輩達に聞きながらDBを作成した。原稿つきで最初に出てくるのは59年7月22日収録分だが、これは実験放送的な色彩が強い。当時は突き放した感じだった。紙だけではわからないので、ライブラリーにて映像を見て、ノートに映像概略を記す。今のところ本数が少ないところを見ているので、分析が追いついていない。
 ’61〜’67年は地元でも報道されておらず、’68年以降に増えているのは、裁判が関係しているかも知れない。新聞も似たような状況らしい。’73年がピークで、’74年以降は減少傾向にあったことがわかる。残された映像は、関係者が見る発表ジャーナリズム的、漁民騒動に見られる事件ジャーナリズムの視点で取られた映像が多く、見舞金の報道はない。患者の映像は47本中9本、ほとんどが病院での取材で、患者正面からのクローズアップ・患者の身体表層、集落の取材がない。例外は水俣病のお原因が特定された’63年2月18日の映像。’68年に園田直が厚生相が熊本に入り、水俣病を公害に認定するニュースは15分あり、当時でも異例の展開である。患者に泣き寝入りさせない、病院患者を見舞う画面が出てくる。熊本放送が患者のインタビューを放映したのはこれが初めて。患者の様子がこの頃になると豊富になってくる。
 公害病認定後、関係者の映像や音声が増えてくる。当時とは違い、ニュースの結びの言葉に含まれるニュアンスが変わってきたり、患者に謝罪する社長の様子が放映されている。
 ’68年、熊本放送は初めて水俣病のドキュメンタリーを放送。その年の放送賞を受賞。これまで撮影してきた映像を編集して放映したが、これは地方局にしては画期的な出来事。このあと’73年、’97年にもドキュメンタリーが作られる。この映像からは、調査放送的な視点で制作され、チッソや行政に対する批判・告発のメッセージを読み取ることができる

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キックオフパーティー

2010 - 01/22 [Fri] - 15:34

 昨日、東京都内で開催されたgreen drinks Japanキックオフパーティー!にいってきた。green drinks(以下gd)というのは、ニューヨークやハワイ、中国からボツワナまで世界の600都市以上で開催されているグリーンやエコをテーマにしたパーティのことで、ニューヨークは毎回400人前後の参加者がいるそうである。
 日本では3年前にスタートしたが、その頃は参加者が20人前後の、小規模なパーティーだったそうである。それがだんだん回数を重ねるに認知度も高まったのか、参加者も増えていった。先週のgdは、ワタミ会長がゲストだったからか、彼の話目当てに多数の来場者がやってきたため,入場制限をかけるほどの盛況だったそうだ(私は彼が好きじゃないので参加しなかった)。
 今回の会場になった目黒クラシカは、ホテル・店舗・カフェがある複合施設である。会場は2階にあったのだが、私はそのことに気がつかなかった。私が顔を出した過去4回は、定刻よりも遅れてはじまったので、今回も多分遅れて開始するのだろうと思っていたから、開演間際まで会場付近をウロウロしていた。ところが、開演間近になっても、クラシカ1階はガラガラ。不安に思って携帯をチェックしたら「開場しました。もう40人くらい集まっています」というメッセージが入ってきていた。慌てて会場に戻っても、1階はほとんど人がいない。フロントに訪ねたら、会場は2階ですといわれた。greenzのHPを見ても、会場は2階であることが明記されていないから,戸惑ってしまったじゃないか。
 会場に着いた時は、椅子席はほぼ満室の状況だった。今回は定刻よりも少し遅れてトークがスタート。第一部は、gdの常連であるデザイナー・吉岡直樹氏と、greenzの活動に関わっているコピーライター・丸原孝紀氏の対談。吉岡氏曰く、初期のgreenzは参加者が少なく、雰囲気も硬かったという。丸原氏は、gdについて青臭い話ができるのが魅力であり、ここは単なる「出会い系」パーティーではなく、安全な出会い系だと語った。
 主催者側からgdの改善点を聞かれた両氏は、食べ物が少ない、硬軟両方の話題を取り上げたら、もッと入場者が増えると指摘しつつ、gdと異業種交流会の違いは、ただの名刺交換に終わることなく、「こういう世界をつくりたい」という大きな目標を共有していることだから、続けてきた方がいいし、毎月来ることによってどんどん腹からわかり合えるようになってくるようになるという見解を示した。
 引き続いて行われたトークショーは、地域活性化プロジェクトを多くてがける古田秘馬氏と、地域プロデュースも行うブックコーディネーターの内沼晋太郎氏の対談。gdは、内沼氏が持っているスペースで誕生したそうである。greenzは全国展開を目指しているそうだが、内沼氏は
 「どこでやるか、ということより、どうやって場をつくるか、という視点が重要。イベントはただやりましょうではダメ。どうやって求心力をつくるか。どこがお客さんのフックになるか。それを考えることが大事。告知の仕方とか、どういう人を集めたいのか、とか」
と述べた。残念ながらこの時間になると入場者が多くなり、マイクを使っているにもかかわらず内容が聞き取れなくて残念だったが、詳しい内容はgreenzから発表があるので、そちらをお待ちください。

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日本航空「破綻」

2010 - 01/21 [Thu] - 12:20

 これは第二の「国鉄問題」じゃないのか?

 日航破綻 利用客ら「官僚・政治家にも責任」「安全を」

 日本国有鉄道(以下「国鉄」)と、日本航空(以下「日航」)には以下の共通点がある。
 ・労使とも「親方日の丸体質」がどっぷりしみこんでいること
 ・複数の労働組合が乱立し、内部でいがみあっていること
 ・事業単年度では「黒字」なのに、累積赤字が積み重なった結果、動きがとれなくなったこと

 日航は旧「三公社」と同じ扱いの会社であり、政府が経営面をリードしてきた。株式上場後も、監督官庁である運輸省(現:国土交通省)から天下りを迎えるなど、政府に頼っていたことは否めない。
メディアは経営陣の見通しの甘さを非難しているが、政治家と役人も、日航破綻の原因を作ったことは、紛れもない事実だ。
 昔「我田引鉄」という言葉があった。政治家が票欲しさのために、選挙戦で
 「私が当選したら、この地に鉄道を引きます」
という「公約」を掲げていたことから出てきた言葉だ。事業経営で一番重要視されるべき「採算」を度外視した新線が全国で建設された結果、国鉄は深刻な経営難に陥った。そこに複数の労組の対立、「親方日の丸体質」と糾弾された「お上が何とかしてくれる」という甘えの体質が絡み、国鉄は「民営化」されるに至った。
 政治家達は「国鉄」で少し学習したのかと思っていたのだが、少し前まで「道路、道路」とわめき立て、そして今度は日航である。詰まるところ、政治家達は鉄道・道路・航空といった公共交通機関を「利権」に変え、役人とタッグを組んで自らの懐を肥やす手段に変えてしまった。現実を見ようとせず、採算を度外視して「おらが街にも鉄道を!道路を!空港を!」と駄々をこねてきた地方の有権者(正確には「地方ボス」)も、立派な共犯者である。
 大体、日本には「空港」の数が多すぎる。いい例が関西だ。あんな狭い地域に関空・伊丹・神戸と3つも「国際空港」がある。国内でも静岡・茨城の両空港開業問題ですったもんだした。県サイドは「需要調査はきちんと行った」としているらしいが、どこまで需要予測をやったのかなり怪しい。静岡は開港直前の測量ミスで開港時期が延期になり、茨城空港は、乗り入れが決まっているのはたった1社だけだ。茨城県民の場合、北部の住民は福島空港、南部の住民は成田か羽田を利用するから、作るだけムダだといわれてた。それでも開港を強行するのは、知事のメンツがかかっているからだろう。
 民間なら、採算がとれるかわからない新規事業に首を突っ込むことはありえない。ヘタをすれば会社は倒産するし、倒産まで至らなくても、株主代表訴訟で訴えられる。しかし、元々が「政府資本」だったこの会社は、上場後も「ピンチになれば、政府が助けてくれる」という体質を変えることができなかった。 

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P・バラカンと水俣−2

2010 - 01/19 [Tue] - 10:01

 「水俣・明治大学展−映像・報道・表現を通して考えるシリーズの第2回目。
 今日は、ピーター・バラカンさんとの質疑応答(要旨)を掲載します。私のメモを元にしているので、不完全なところも多々あることをご承知置きください。

 聴衆(以下「A」):
 私は在日コリアンだ。彼らは形に表れた障がい、コリアンは心に表れた障がいだと思っている。私は50年間差別されてきたので、それがイヤで本を読んでいた。考えて,考えて一つの言葉にたどり着いた。それは「無知は罪である」ということだ。20年間考えた結論は、自らの犯した罪が悪いとわからなければ、悔い改めることができないと思ったからだ。神様は人間に負のことをさせないのか?この映画を見て、是非この映画に出た人たちに会ってみたいと思った。
 公害問題として代表的なものだと思うが、日本はメディアが風化させてしまうといっていたが、イギリスでは公害問題が起きた時、風化させないなどやっているのか?

 ピーター・バラカンさん(以下「P」):
 日本で35年過ごしているが、現地の実態はつかんでいない。イギリスでいうと、放射性物質再処理工場の話を聞いたことがなく、六ヶ所村問題の映画で扱っているのをみてショックを受けた。イギリスでもしょっちゅう出てくるわけではない。イギリスのメディアは比較的開かれていて。責任ある報道をしているという印象があるが、具体的にといわれると十分に答えられる自信はない。すいません。  

 ここで主催者の方から関連して、かつて日本国内を騒がせた「サリドマイド事件」についての述べたので、ここで紹介する。

 「サリドマイド事件は日英で全く違っている。イギリスでは不買運動が起き、日本はそれで恩恵を受け、森永ヒ素事件で不買運動が起きたが、市民運動にはできなかった。日本国内での「不買運動」は、一般国民からは「特別な人々」という視点で見られた。それは、市民運動や国民性の違いではないか」

 さらに、石川さゆりのコンサートが実現した経緯について、当時の環境庁長官だった石原慎太郎が,陰で尽力していたことが明かされた。

 「石原長官が初めて水俣を訪問した時、彼は患者の申請文にケチをつけたり、患者との面会を拒否して現地でテニスをしたするなど関係者の顰蹙を買っていたが、、その一方で、水俣病患者のために何かできないかと言い続け、患者団体のリーダーと文通するなど交流していた。石原長官が自分に何ができるかといってきたので、患者の主治医,患者達がコンサートをやりがたっているというので、芸能プロに話を持って行き、コンサートが実現する運びになった。コンサートの模様を映画化する時、石川さゆりという「商品」に色がつくことを恐れたホリプロ側は、石川さゆりの映像に制限時間をつけるなどをした。

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P・バラカンと水俣−1

2010 - 01/17 [Sun] - 10:20

 13日、明治大学和泉キャンパスで開かれたシンポジウム「水俣・明治大学展−映像・報道・表現を通して考える」にいってきた。シリーズの第2回はブロードキャスターであるピーター・バラカン氏をゲストに迎え、前半は映画「わが街わが青春−石川さゆり水俣熱唱(’78年撮影、43分)が上映され、後半はピーター・バラカン氏のトークという形をとった。
 映画上映前、主催者側から挨拶があった。
 明治大学は建学以来、ずっと在野から社会正義を追求してきた。在野=現場だ。そこから社会正義を以下に追求するかをずっと追求してきた。水俣展についていえば、日本最初の公害問題である足尾鉱山の問題を告発し、アピールしたのは明治の学生だ。それが母体になって、明治大学の雄弁部が生まれた。その中心人物だったのがが三木武夫である。三木は生前
「もし自分が抜けたら、自民党がどんなひどい政党になるかわからないから、オレは自民党にとどまる」
 といった。彼は在野として正しい道を全うしたかったのだろう。
 水俣問題を追いかけると、様々な問題が出てくるのがわかる。それらの、問題を真っ正面から捉えるのが大学の課題だ。告発から50年以上なっるが、今も患者が4万人いるし、彼らは今も様々な生活の問題に直面している。大学のこれらの試みを支援して欲しい。

 ここで映画「わが街わが青春−石川さゆり水俣熱唱」が上映され、休憩の後、ピーター・バラカン氏のトークに入る。

 ピーター・バラカン氏
 この映画で扱われているコンサートは、’78年に撮影されたもので、私が日本に来た4年後だ。私は演歌を聴く人じゃないが、あの時代の歌はよく覚えていた。映画に出てくる彼女の態度をみて、プロだなあと感じた。彼女のことは知っていたが、あの当時は水俣の地名すら知らなかった。
 今日水俣の話をするとラジオスタッフにいった。彼は佐賀県出身だが、今も水俣病患者っているのかと聞き返されて驚き、ショックだった。メディアに出てこないから知らないから当然だ。自分もおぼろげにしか覚えていない状態が続いた。知らないのは罪じゃない。だがこれだけ大騒ぎになったにもかかわらず、メディアは過去のことにしてしまったから、水俣病は関係者の間でも知れれていない。 どれだけ深刻な問題なのか、それを改めて知った。こういう事は、多分中・高の授業で見せるべきだ。そのくらいショックだった。教育現場で映画が使われているかどうか?
 環境問題は何らかの形で起こる。インドのボンバルで起こったユニオンカーバイド化学工場の件もあったし、毎週司会をやっている番組では、アメリカの公害の問題を扱っているが、それらに共通しているのは人間が経済を優先するからだ。経済活動を否定するわけではないが、バランスは必要だ。 水俣の問題は、問題が実際に置きたのはしかたがない。だがチッソの責任は認めず、政府も実態を隠した。これは経済成長の妨げになるものは隠すということで、これは世界共通だ。これが続く限り、生活環境はよくならない。きれいな水、栄養のある食べ物、空気、身につけるものはとりあえず欲しい。 

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自民党運動方針案

2010 - 01/13 [Wed] - 13:47

 この政党、「保守」の概念がわかっていない。

 「保守」を前面に 自民党運動方針案全文判明

 「保守」とはいったい何か?
 他人からこう聞かれたら、たいがいの人はこう答えるだろう
 「それまで続いている習慣・風習を守ることだ」と。
 既成保守は、ことあるごとに
 「日本の伝統を守れ」
と叫ぶけれど、彼らが口にする「保守」とは、外国人を追い払うことであり、「祖先の英霊を称えること」を口実に靖国神社の公的参拝を実現し、南京大虐殺の事実を否定し、先の大戦を「正当な自衛戦争」であると主張することだ。それが「保守」だといわんばかりの口調で。
 「日本の伝統」というのなら、田舎の田園風景も「美しい風景」であり、本来ならそれも守られるべきなのに、既成保守論壇は「愛国」を叫んでも「環境保護」は全く叫ばなかった。「愛国」を叫ぶ人間で、同時に「環境保護」を叫ぶ人間がいたら、紹介して欲しい。
 さて、今回の自民党の運動方針案が発表された。
 自民党は今回の運動方針案で
「いまこそ自由と民主の下に正しい日本の保守の旗を立てねばならない」
として、スローガンに
 (1)品格と活力あふれる日本
 (2)未来を見据えた国づくり
 (3)党組織の再生と活性化
を掲げ、同時に
 「今日の偏向した教育の最大の原因は日教組の存在」
 「決して『アメとムチ』による恐怖支配の政党と同じになってはならない」
と、民主党との対決色を鮮明にしている。

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twitterで爆破予告

2010 - 01/12 [Tue] - 10:18

 恐れていた事態がやってきたか…

 『Twitter』でセンター試験会場に対し爆破予告! 予告なう

 従来、ネット上での犯罪予告といえば古くは「2ちゃんねる」に代表される匿名掲示板、最近では携帯からアクセスできるコミュニティサイトで行われることが多い(管理人のイメージであることを、あらかじめお断りしておきます)。
 このサイトでも何回か取り上げているが、twitterというのは、140字以内で今自分がなにをしているかを「つぶやく」ネットコミュニケーション・ツールである。日本でサービスがはじまったのは3年前からだが、140字以内という簡潔さが受けて、日本国内でもあっという間に参加者が増え、mixiなどのSNSを駆逐する勢いである。
 mixiなどの初期SNSは、比較的社会活動に関心が高いユーザーが大挙して押し寄せ、活発に意見交換がなされていた。ところがmixiは招待制をとっていたにもかかわらず、会員権をオークションに売りつける輩が出てきた。「マイミク(mixi上における『友人・知人』で、mixi内では『マイミク』の人数が多ければ多いほど。mixi内のステータスが高いと判断される)」ほしさに「2ちゃんねる」で「招待するから」「招待して欲しい」という告知が盛んになり、彼らが大挙してmixiに進出した結果、mixiの雰囲気はサービス開始時に比べて荒んだのは否めない。「身元がわかる」のがウリのはずのSNSだが、ネットにおける「身元」なんてあってないようなもので、ごまかそうと思えばいくらでもごまかせる。いざとなれば別のアカウントを取得して、以前のアカウントを放棄すればよい。彼ら悪質ユーザーにとっては、法令なんかあってなきが如しごとし、である。

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Author:PSILA
「平和」・「自由」・「平等」を愛する、ワーキングプア階層に属するしがない中年フリーター。
ひょんなことからボランティア精神に目覚め、某NGO主催のクルーズに参加したことがきっかけで「9・11」以降都内近郊で開かれた平和関係イベントに積極的に参加し、その模様をネットに公開するようになる。
このBLOGは、生活苦と闘うワーキング・プア中年男性フリーターの軌跡を綴るものである

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