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変わりゆくアキバ
昨日、久々に秋葉原界隈をうろついてきた。
私はクラシック音楽を聴くのを趣味にしている人間だが、クラシックに限らず、お目当てのCDがあると、真っ先に秋葉原に足を運ぶほどこの街が好きな人間だ。皆様もご存じの通り、この街は別名「電気街」といわれるほど、時代の最先端を行く家電製品のメッカとして知られ、’70年代〜’90年代後半は、全国各地から最先端の家電を買い求める家族でごった返していた。
しかし、’90年代末期になると客足は伸び悩んだ。コジマ、ヤマダ電機、ケーズデンキに代表される大型家電量販店が道路に面した郊外に進出すると、車を所有する家族連れは、一斉にそちらに流れてしまったからだ。秋葉原に根付き、一時期を気づいた大型店は時代の変化に対応できず、次々と消えていった。第一家電は破産し、個性的な形をしていたビルは、跡形もなく消えた。
ラオックスは今世紀になってから経営難で苦しみ、今年から中国資本の傘下に入り、再生への道を歩んでいるが、その前途は多難である。私の地元にもラオックスがあり、かつては2階建てのビルを丸ごと使っていたのだが、売り上げ減少で賃料が払えなくなり、今は1階だけで細々と営業している。子の会社はかつて、秋葉原に本店の他、コンピューター専門店とオーディオを扱った店を扱っていたが、前者は閉店し、建物は朽ち果てる寸前の状態になっており、後者はパチンコ屋になってしまった。
このほかにも、サトームセン、オノデンといった老舗の家電量販店も秋葉原から撤退し、パソコン専門店として一時代を築いたT−ZONEは、今は自製パソコンのための部品専門店になってしまった。新規・中古に限らずパソコン関係商品全般を扱うソフマップや九十九電機も、大手資本傘下に入って経営再建を目指す状態に陥っている。
苦境にある者の瞳は輝く
ネット上で知り合った人間が、twitterでこんなことをつぶやいていた。
「物質的貧困、精神的貧困 どちらにしても人間の本能が輝くチャンスなのであります」と。
この話を聞いて、私は以前聞いたエピソードを思い出した。
黒柳徹子が、取材でモザンビークを訪問したときのことだから、今から20年くらい前になるだろうか。 当時の現地は、長年続いた内戦が終結したばかり。
政府軍・反政府ゲリラ双方がばらまいた地雷のために、各地で犠牲者のニュースが飛び込んできた。
彼女は、当時の大統領に双眼鏡を送り
「これで、地雷を見つけてください」
といった。
ところが、大統領は意外な言葉を返してきた。
「いいえ、これで夢を見ましょう」
「地雷を満足に見つけられない国の為政者が、何カッコつけてるんだ」
そう思う人も多かろう。
毎日のように、国内各地からは
「地雷で足が飛んだ、手をなくした、命を落とした」という知らせが
うんざりするくらい報道されているのだ。
彼からすれば、その原因を作ったのは自分達であるということは重々承知している。
人が死んだ。
誰それが重い後遺障害が残るケガをした。
まっとうな神経の持ち主だったら
毎日毎日そんなニュースを聞かされていたら、本当に発狂してしまうだろう。
最高権力者として、過酷な現実を目の当たりにしている彼にとっては
「双眼鏡で、明るい未来を見る」時が,唯一気の休まる時間なのだ。
シモキタ初見参
昨日、初めて「シモキタ」こと下北沢を訪れた。本当はくる予定はなかったのだが、新たに始めたボランティア先の仕事が早く終わってしまったので、時間が余ったのだ。そこは京王線沿線に事務所を構え、下北沢からも電車で5分以内にいけるので、いい機会だから、いってみようと思ったのだ。
小劇団関係者が憧れるという「本多劇場」があることから、この街は「演劇のメッカ」という見方で捉えられがち。でも実際に街の中を歩き回ると、個性的な店が多いことに気がつく。他の街でたくさん見かける「デパート」「大規模ショッピングセンター」というものは、この街には存在しない。スーパーは2つあるが、どちらも食料品、日用雑貨を扱う店である。
平日日中であるにもかかわらず、人の往来は激しかった。通りを行き交う人の多くは若者だった。目につくのは雑貨屋、洋服屋で、洋服屋は中古品を扱う店も目についた。値段はピンからキリまであるが、私の気に入ったデザインの服はあまり多くなかった。おそらく、今風の若者を意識した品揃えをしているからだろう。店員も、見た目は「ヤンキー」風の人たちが多かった。
街の中を適当にぶらぶら歩いていると、知人が訪れたという「農民カフェ」を発見。ここは有機栽培の野菜を使った料理がウリだが、その分値段も高い。店員のかけ声が「いらっしゃいませ」ではなく「お帰りなさい」だったのには笑った。まるでメイドカフェである。
もうひとつ気がついたのは、道路が複雑に入り組んでおり、ごちゃごちゃした印象を与えるということ。この街には再開発計画が持ち上がっているが、再開発で、これまでのごちゃごちゃした街というイメージを変えたいという再開発賛成派と、下北沢はごちゃごちゃしてなんぼという反対派が対立を続けている。この問題に下北沢駅の建て直し問題が絡んでいるため、両派の対立はにっちもさっちもいかない状態だ。ネット上でも論争が繰り広げられているので、実際はどうなっているのか確かめたかったのだ。
お邪魔虫は「お邪魔無視」
最近、BLOGを放ったらかしにしてtwitterの世界に耽溺している私。
だって楽しんだもん。
誰かがネットにアクセス中で、コメントをつぶやいた人間にレスすれば、瞬時に返事が返ってくる。
まるでチャットのようだ。
おかげで、毎日寝る時間は「午前様」ならぬ「御前1時様」もしばしば。
BLOGやmixiでは、こんな芸当はできないだろう。
twitterでは毎日毎日、少し気の利いたコメントを発信していれば、たちどころにフォロワー(自分のつぶやきを聞いてくれる人)が増える(離れる人も結構いるけどね)。twitterのフォロワーは、マイmixiの約4倍。ネットの世界で、これだけの人間が私に関心を持ってくれている。初めて数週間は、フォロワーの数がやっと2ケタいくかどうかだったのに、ここ最近は、twitterで発言する機会が多いからか、フォロワーの数も急増している。
だが、うれしさも半分なり。
だって私のフォロワーには、現実世界での 知人が一人もいないし、先日も知人数人にtwitterやってみないと誘ったがなしのつぶて。mixiで運営しているコミュのメンバーにも声をかけたが、こちらも完全無視。
日本にいるのは日本人だけ?
昨日の深夜、twitterで、鳩山・民主党代表がネタになっていた。twitterに参加している人が
「日本列島は日本人だけの所有物じゃない」
と言う、鳩山の発言を紹介したところ、その人の「フォロワー」(twitterでは、ある人の「つぶやき」を聞いている人をこう呼ぶ)の間で話題になったのである。あまりに話題の輪が広がったことで、紹介した当人が怖じ気づき、僕は特定の思想でこれを紹介したのではない、今回の「政権交代」の動きを支持するなどといって、防戦にこれ努めていた。その人は街で拾ったチラシの内容を紹介しただけなのだが、ここまで話題が広がるとは。
鳩山はそんな事を言ったのか?検索エンジンで調べる(私は「ググってみた」という表現は好きではない)と、その発言を紹介したブログがたくさんあった。しかも、発言自体は3ヶ月以上前のもので、出店は「産経新聞」だ(右翼的な話題に早速飛びつくのがこの新聞らしいが)。
鳩山由紀夫_日本列島は日本人だけの所有物じゃない!
夏の夜の夢
今日、私が住む街で「祇園祭」という名の夏祭りがあった。
私が今住んでいる街に引っ越してきたのは幼稚園の頃だったから、長い年月を今の居住地にいることになる。
私が引っ越してきた頃、この街は電車が1時間に2〜3本しかなく、店も古いながら「老舗」の雰囲気を漂わせるところが多かった。そう、俗に言う「バブル景気」がやってくるまでは。
この街の転機は、’80年代後半にやってきた。
国鉄が「JR」に民営化され、電車の本数が増えた。それに伴い人口が急増し、図書館などの公共設備も整備された。駅前や国道沿いには、大型ショッピング施設が進出した。
だが、これがいけなかった。
いままで老舗にやってきた顧客は、こぞって大型ショッピング施設で買い物をするようになった。そのため、旧街道沿いに軒を連ねていた店の多くは、売り上げ減少で続々と閉店した。中には、店の建物自体が消えたところもある。騒音をまき散らしていた駅前のパチンコはいつの間にか消え、跡地は駐車場になっている。かつて、よく足を運んでいたラーメン屋もしかりである。
学校からの帰り道、あるいは会社が休みになる度に顔を出した本屋は、2軒が廃業し、1軒は商品の品揃えを変え、残る1軒も売り場面積を縮小して、何とか存続している。廃業した2軒の本屋のうちの1軒は、建物はそのままで、今は葬儀場となっている。ネットカフェに入り浸っていたときにお世話になった隣町の書店も、昨年8月に店をたたんだ。国道沿いには大型書店があるが、そこもいつまで持つことやら。
体育会学生だけ苦しい?
東京新聞の夕刊第一面に掲載されている「放射線」コラムがある。
今年上半期(2009年1月〜6月)月曜日の担当は、慶應義塾大学の野球部監督を務め、今は西濃運輸野球部で総監督をしている後藤寿彦氏である。
彼は今日(5月11日)付の同コラムにおいて、今は就職協定がないから、学生は就職活動で四苦八苦している。運動部員も例外ではなく、調整不足のままシーズンに臨む学生が少なくない。企業は「チームワーク」「忍耐」を知っている体育会学生を、もっと積極的に採用して欲しいということを書いていた。
残念ながら、このコラムはインターネットには掲載されていない。検索ワードを変えて検索してみたが、残念ながら見つけることはできなかったので、内容が違っているかもしれないことを許してください。興味を持った方は、お近くの図書館に保管されている「東京新聞」バックナンバーを探してみてください。ただし「東京新聞」は首都圏の「ローカル新聞」という位置づけなので、ひょっとしたらお住まいの地域の図書館にはない可能性があるということを、あらかじめお断りしておきます。
私はこのコラムを読んで、違和感を覚えた。
就職活動で苦しんでいるのは「体育会系」の学生だけではない。一般の学生は皆、就職活動に苦しんでいる。体育部やサークルに所属していない学生は、彼等に対して嫉妬と羨望のまなざしで見ていることを、後藤氏はご存じないのだろうか?このコラムで氏が言うところの「忍耐」は一般学生も持っているし、チームワークだって、アルバイトやゼミ・サークル活動でも身につけられる。「体育会」を特別視するのは、氏自身が野球部関係者であることと無関係でない。しかし、特殊な世界の考えを世間一般に押しつけるのは、抵抗があると思う人も少なくない。私も、そう思う一人である。
一般学生の多くは、多分こう思っている。
「いいよな、○○部の学生は。先輩や部関係者のコネで『一流企業』に入れるのだから」
ATOK2009導入
昨日から、ATOK2009を導入した。
私のパソコンの文字入力ソフトは「IME−2003」だが、日本語変換能力は、ATOKに比べると格段に落ちる。ATOKの製造元・ジャストシステムの勢いがあった頃、IMEの日本語変換能力を茶化す内容のテレビCMが流れたほどだ。
実は、10年以上前からパソコンを使って以来、文章作成にはほとんど「一太郎&ATOK」コンビを使っている。学校で初めて使ったワープロソフトが「一太郎」だったこともあるが、ATOKの日本語変換能力がすばらしいからでもある。
しかし4年前にパソコンが故障してからは、ネットにつなげない日々が続いた。
ネットカフェの存在を認知するのも世間から遅れ、インターネットでBLOGを更新していたときも、ネットカフェのパソコンの日本語変換能力の悪さに苦労した。
高騰するネットカフェ代より少しはましだろうと、イーモバイル導入を条件に購入した100円パソコンにも、ATOKはインストールされていない。インストールしたくても、私のパソコンにはCD−ROMがない。せめてATOKをダウンロードできればいいなあと思ってネットを検索したら、やってきたんですね…ATOKが。
生活苦が壊した友情
あるMLで、こんなやりとりがあったのでご紹介する。
九州のある地方都市在住の知人が、雨宮処凛の講演会を開いた。
講演自体は盛況で、当初予定されていた質問を割愛するくらいに盛り上がった。
雨宮女史は講演の中で
「貧困においこめば、自衛隊は魅力的な就職先になる(中略)。戦争を起こしたい財界や政府によって意図的に格差がつくられるのだ」
と語ったが、私もこの意見に同感。
以前
「反戦運動は食えるやつがやることだ」
と話した人の記事を読んだが、海外のように、日本で反戦運動やNGO活動が盛り上がらないのは、食える国民が増えて、お上にたてつく輩が増えないように、意図的に政財官学の「知的エリート層」が、格差とその拡大を容認しているんじゃないかと勘ぐりたくなる。
ところが、この講演会にいちゃもんをつける人間がいた。
生まれて初めての手術
先日、生まれて初めて「体にメスを入れる」という体験をした。
長年、私を苦しめてきた膿瘍を除去するために。
こいの症状が出たのは、20年くらい前だろうか。
体のある部分に膿瘍ができ、膿が出てきた。
近所の医師の診断は「不完全痔瘻(じろう)」。
しばらくその医者に通ったが、薬を塗ったガーゼを傷につけるというだけの治療。
医者の治療法に納得がいかず、いつのまにか治療を中断した。
傷から膿が出る度に市販薬を塗り、しばらくすると症状が治まるということを繰り返す。
家族からは「医者に診てもらえ」といわれたが、医療ミスが怖くてそのままにしておいた。
私の地元に、肛門科がなかったことも、医者に行かなかった理由の一つ。
父の件が一段落つき、思い切って隣町にある大病院を受診した。
下された病名は「痔瘻」ではなく「毛巣洞(もうそおうどう)」。
この2つは症状がよく似ているので、痔瘻と誤診されやすいのだそうだ。
痔瘻は肛門科だが、毛巣洞は形成外科の担当だといわれ、そちらに行ってくれといわれた。
形成外科で受診した際、担当医から入院した方がいいといわれ、父の49日後に手術したいという希望を出したが、ER検査を受けた結果、入院の必要なないといわれた。











