貧乏人が綴る、以前運営していたHPの日記コンテンツを引き継ぐブログ。

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命のコンサート・2

2009 - 11/26 [Thu] - 23:36

 昨日掲載したコンサートの模様に引き続いて行われた立松和平氏広河隆一・DAYS JAPAN編集長の講演の要旨を掲載します。自分のメモをもとにしているので、間違いがあるかも知れないということをあらかじめお断りしておきます。理解しやすいように言葉を補っているので、結果的に当日の発言と表現が違っているかも知れませんが、おおよそこういう事を言っていたのだと理解していただければ幸いです。

 立松和平氏
 番組のレポーターの仕事でベイルートに行ったことがある。当時はパレスチナ紛争が一番激しかった時代で、ベイルートは真っ二つに別れていて都市は機能はなくなり、廃墟と化していた、突然市街戦になるので、停戦ライン上をあちこち逃げ回るが、オロオロしてどうしたらいいのかわからない。その様子を見て兵士達からからかわれていたが、ミサイル攻撃を受け、その航跡を見た時は、さすがにからかっていた兵士も伏せた。その時の広河氏は、私が打たれる瞬間を狙ってカメラを構えていた。ひどいなと思ったけれど、そのくらいの冷酷さがなければフォトジャーナリストはできない。
 現地では前線基地に泊めてもらうが、一番安全なところが司令部。3階、4階といった高いところはは迫撃砲のターゲットになるので、司令部は地下や1階に置かれていることが多い。。広河氏は、柱の陰に寝てしまうが、自分はなかなか寝付けない。それでも彼は落ち着いていて、音がしたら三つ数える。四になれば大丈夫と言うが、自分の都合のいいように数えるので、胆力がないとできない。胆力というのは、腹が据わった力だ。中途半端な功名心ではできない。正義感が強くないと胆力は育たないと実感した。
 DAYSはいい雑誌だ。もともと講談社の雑誌で、広河氏もそのスタッフだったが休刊し、憤慨した。そのことに危機感を持って雑誌を立ち上げた。
 現地に行ったのは全員がフリーだ。何があっても会社は責任を取らないという立場で現地に行った。その時の経験はいろいろ考えさせられた。
 1970年に南極に行った。極地研究所に頼んで連れて行ってもらったのだ。その時は、みられるところだけ見た。南極は人があまり入っていないので、地球環境がわかりやすい。
 我々の抱えている問題は、地球温暖化だ。これは切迫した問題として感じる。20年前の知床はプレハブ住宅一つ分の氷がやってきて、氷は春まで溶けなかったが、最近のそれは海を埋めることはなく、たちまち消えてしまうから、これだけでも地球環境は変わったと感じる。北極も消えて、毎年観測史上を更新している。その下は海、さらにその下は豊かな資源が眠っている。権益を持った国が開発競争をしている。それらの国が石油採掘競争をし、それはすぐさま温暖化に向かうという、パラドックスを感じさせる世界が展開している。

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命のコンサート・1

2009 - 11/25 [Wed] - 23:04

 23日、早稲田大学で開催されている「WASEDAフォトジャーナリズム・フェスティバル」のイベントの一つ「命のコンサート」が開催された。開場前にもかかわらず、予約者・当日参加者とも長蛇の列だったのは、加藤登紀子目当ての人が多かったからか。混雑を予測して早めに開場に足を運んだこともあり、いいコンサートを楽しむことができた。「DAYS JAPANの存続キャンペーンご協力お願いしまーす」というボランティアの声が、ロビー内から響いてくる。10月号の「上関原発特集」は反響を呼び、雑誌では異例の増版出来になったとはいえ、経営はかなり苦しいらしい。
 日本で「DAYS JAPAN」が発行されるのは、これが2回目である。1回目は講談社が発行した雑誌だったが、採算割れが続いて休刊に追い込まれた。現「DAYS JAPAN」編集長の広河隆一氏は、初代「DAYS」にスタッフとして関わっていた。初代の休刊を悔しく思った広河氏が私財をなげうって作ったのが、今のDAYS JAPANである。
 コンサートは冒頭、早稲田大学文化推進部部長の挨拶ではじまった。彼はその中で、WASEDAがジャーナリストの育成に多大なる貢献をしてきたことを強調していた。そういえばこのイベントも、DAYS編集長・広河氏が早稲田OBであることが縁で実現したのだと、個人的に思っている。 コンサートのトップバッターに登場したのは、チェルノブイリ事故で被曝したウクライナ人歌手ナターシャ・グジーさん。チェルノブイリ原発事故が起きたとき、彼女はまだ6歳だった。彼女の父を始め、チェルノブイリで働いている人はかなりいたそうだが、誰一人として、原発で何が起こったかを知らされなかったという。3日後、政府から原発が事故を起こしたと知らされたが、同時にこうも言われたそうだ。
 「3日待ってください。そうすれば元の場所に戻れますから」
 だが三日経っても、3週間経っても、それ以上の月日が経っても、彼女たちがもといた場所に帰ることができないまま、23年という長い月日が経った。原発の周囲300キロ圏内は立ち入り禁止になり、今ではゴーストタウンと化してしまった。故郷に帰れない悲しみを、彼女は「白い翼」に託して歌った。日本語が上手だなと感心していたら、twitterの書き込みで日本人と結婚していると知った。道理で日本語が上手なわけだ。でも彼女の日本語、何かなまっていたなあ~(笑)。そのあとアイヌ人の血を引くアーティスト・MENAさんがアイヌ民族のアイディンディティを表すスライドを背景に、さらにアーティスト・青柳拓次さんが広河氏が撮影した写真をバックに、様々なパフォーマンスを披露した。

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美しすぎる環境活動家

2009 - 11/14 [Sat] - 10:55

 12日、東京・南青山で開かれたGREENDRINK TOKYO」において、カナダの「美しすぎる環境活動家」メラニー・マレン氏の講演会が開催された。今日はその模様をお伝えする。 

 今晩は、お招きいただきありがとうございます。日本という国に招いてくれたエコロジャパンにお礼を申し上げます。私はオンタリオ州の緑の党で副代表を務めており、グローバルグリーンズにもカナダ代表として参加した。今日は、自分が住んでいる地域を復興しようという活動について話す。
 私は13歳の時から、学校内で様々な活動をしてきた。高校の時は地元にある土地の生態系を守ろうと、政府に働きかけることをした。大学ではローカルなビジネスに関わってきた。去年(2008年)はオンタリオ州議会選挙で出馬し、メディアの注目を浴びた。それを上手に利用し、地元であるナイアガラコール市の復興活動について、人々の関心を集めることに成功した。
 ナイアガラコール市のダウンタウンは、多種多様なお店があったおかげでコミュティは潤っていたが、最近では世界的チェーンショップがどんどん入ってきて、地元のビジネスが破産に追い込まれていた。建物は廃墟になり、窓には板が張り付けられ、人々は寄りつかない状態になっていた。商店街は昔はとても栄えていたが、大手企業が入って廃れた。地域経済の転換は多大な影響を与え、地元の人の多くはパートで生計を立て、薬物に頼り、政府からの援助自他夜という状態が30年間続いている。投資家がいろんなプランを持ってきたが、地元の支持をえら得ずに失敗に終わった。
 そこで自分は住民に対し、私の街はどこという質問を聞くことから始めた。刺激的な街を再認識する街を作ろうと計画し、意思決定の段階から住民参加を促したりした。私がテーマにやってきたのは生き生きとした街を取り戻し、自分の街で遊び、芸術文化に触れ、オーナーシップを取り戻そうと呼びかけた。
 昨年(2008年)1月の寒い夜、地域の人たち有志に呼びかけてミーティングをした。真っ暗で電気もストーブもないなか10人が集まり、彼らで地域コミュを活性化するために何ができるかを話し合った。繁華街を自分達に取り戻すためにはどうすればいいかと話し合った。とりあえず、それぞれが10人街に連れ戻すことを決めた。 次のミーティングで、自分達の場所ではなく、毎回集まって行動できる基地が必要だと感じた。市内の建物オーナーに話しかけ、きれいにするかわりにアートを入れて地域を蘇らせたいと思った。オーナーはだんだん説得を受け入れ、窓を開け、部屋の中をきれいに掃除し、家具やアートを入れるようにした。ハブを作り、2週間ごとにミーティングをした。地域住民をインプットできるよう、また創造性を引き出す活動をした。経済活動をするにはそれが絶対必要だからだ。街の復興をどうしたらいいのかアイディアを発表し、ローカルなスポンサーがつき、広告を出し、クリエイティブな形で街をどうしたら活性化できるかを考えた。テーマのなかで、街がどうして大事なのか、素晴らしい街ができたときにどう変わるかを問いかけた。住民のアイディアでイベントがどんどん出てきた。メディアから注目を集め、勢いが出てきた。メディア関係者の中には、紙媒体やビデオの人もいた。
 ここでさらに戦略的組織的に動くことにし、いろいろ計画を練った。一つは計画を練るためのNGOで、もうひとつは芸術家を支えるためのNGOだ。同時に、総合的なコミュニティを作るための委員会を作った。その結果、高い目標を掲げ、多くの重要人物を巻き込むことに成功した。市議会、ビジネス改善協会、市役所スタッフ、ビルオーナー、その他利害関係者、アーティストらだ

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水俣病とメディア・2

2009 - 11/13 [Fri] - 10:55

 11月3日に法政大学で開かれた「水俣病とメディア」の報告2回目。
 今回は、NHKのドキュメンタリーを中心に報告したいと思います。
 
 NHKでは、水俣病の問題が時々取り上げられたが、まとまった番組として取り上げられたのは、テレビドキュメンタリーだろう。NHKのドキュメンタリー「日本の素顔」で取り上げられているのが、日本の放送史上初めて、水俣病について取り上げられたドキュメンタリー番組だ。特徴的なのは、急性劇症的な患者が出てくる。その多くの部分が熊本大学水俣病研究班の映像を引用したものだ。別にテレビで使うのではなく、症例研究用に撮られた素材から引用されている。医学研究者が使う水俣病患者の映像を引用するということは、医学者が見るはずであろう映像を、多くの人がテレビ画面を通じて知ることになるのだ。患者さんの姿、生活が映像として克明に記憶されている。生活援護給付が行われ、援助額がいくら増えたという形で封土され得るが、ドキュメンタリー番組では、患者の生活が描かれる。構造排水でも、しっかり捉えられている。ナレーションもかぶせられている。
 テレビというメディアが、テレビ固有方法で側面を切り取り、描かれた記録がドキュメンタリー番組だ。すくなからずの人々がこの映像を見ることで、水俣病を経験している。当時の多くの人がテレビを見ることで経験した記憶の記録であると捉えられる。
 精神神経科の医師であり、水俣病の患者を数多く診察されてきた原田正純医師は、当時インターンで東京の病院に来ていて、たまたま水俣病のドキュメンタリーを見て、大変なショックを受けた。それ以上にショックを受けたのは患者さんの生活である。東京は経済発展を遂げているが、それと対局を行くような生活ぶりにはショックを受けたという。M君の映像が強く印象に残っている。テレビを見ることで経験した画面がこのドキュメンタリーのなかにある。

 ここでNHKのドキュメンタリー番組「日本の素顔」の映像が放映される。
 タイトルは「99集 奇病のかげに」。
 99集とあるとおり、NHKはテレビ初期からドキュメンタリー番組制作に力を注いでいたことがわかる。

 (ここから映像)
 冒頭に、水俣病で視線がはっきりせず、どこか挙動不審な女子が出てくる。運動神経が麻痺しているため、身体の震えが止まらない.最初日本脳炎だと診断されていたが、当時は水俣病とはわからなかった。発病患者の死亡率は40%、患者のほとんどが貧しい人。症状が悪化し、平衡感覚がすっかり麻痺している。手足がしびれているのは、小脳が冒されているからだ。この病気の正体なにか?原因が魚であることはわかったが、それ以外については謎だった、目が見えなくなり、耳が遠くなる。

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官邸ブログへの違和感

2009 - 11/07 [Sat] - 10:57

 今月の4日、首相官邸が専用のブログを開設した。すでにホワイトハウスはtwitterを通じて情報公開を始めており、それに倣ったのだろうと思っていた。
 ところがこの「首相官邸ブログ」を巡って、twitter内は上を下への大混乱になった。そのきっかけは、民主党参議院議員・藤末健三氏がtwitterで
 「首相官邸ブログは『ニセモノですよ』」
と発言だった。私はこのブログをプラウザの『お気に入り』に入れていたためフォローしている人に
 「せっかく『お気に入り』に登録したのに~」
と泣き言を言った。ところがその直後、別のフォロワーから
 「(このブログシステムを提供している)CA(サイバーエージェント=ブログサービス『ameba』を運営している会社からプレスリリースされているから本物だ」
という情報が飛び込んできた。私とフォロー・フォロワー関係にある人たちはむろんのこと、他のtwitterユーザーにもこの情報が広まり、twitter内の混乱はさらに拍車がかかった。この状態は、当の藤末議員がtwitterにある「鳩山由紀夫」アカウントと首相官邸ブログをごっちゃにしたことが原因であるとと声明を出すまで続いた。一議員の勘違いで大騒動になったという、まことにトホホな結末である。誰も名誉が傷つかなかったのが不幸中の幸いとはいえ、不確かな情報を「事実」と認定する認識の甘さは、かつて「偽メール事件」で党内大騒ぎになった教訓が、まったく生かされていないことが証明された。
 だがこの「首相官邸ブログ」、内容以前に問題が多すぎる。

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ネット選挙解禁へ

2009 - 11/05 [Thu] - 20:25

 やっと、日本でもネット上で選挙活動ができるのか・・・

 ネット選挙解禁へ論点整理指示 原口総務相

 ようやく日本でも、インターネットを使った選挙活動が解禁されるようだ。アメリカで起こった同時多発テロ(俗に言う「9・11」)以降、平和を求める世界中の市民が積極的に連帯し、情報交換をするためにインターネットを利用したからだ。実際、あの頃のインターネット上でかわされた情報数はすごかった。ネットを通じて見知らぬ人たちがデモ行進をし、プロジェクトを立ち上げ、メーリングリストやHPで情報を発信する。その背景には
「メディアは、自分達がほしがる情報を決して報道しない。我々を間違った方向に進ませようとしている」
という、既存メディアに対する不信感もあったのは想像に難くない。今でこそオルタナティブ(独立系)メディアの重要さが盛んに力説されるようになったが、この頃の市民有志達の活動は、オルタナティブメディアの先駆けと言えるのではないだろうか。
 もちろん、政治家達もこの動きに対し、手をこまねいていたわけではなく、HPを開設して自分の意見をネット上で明らかにする人たちも増えていった。普段からネット上で意見を述べている政治家、特に野党や与党の若手政治家達は、ネット上での政治活動解禁のために積極的に動いた。しかし、そんな彼らの前に立ちはだかったのが、ベテラン政治家と「公職選挙法」だった。
 「公職選挙法」では、候補者は
 「候補者の名前の入った選挙運動(投票依頼)目的の文書図画については、選挙管理委員会が発行するシール又はハンコのついた一定枚数の文書図画しか発行できない」
と定めている。選挙を管轄する総務省はこの法律を拡大解釈してホームページ(以下HP)・ブログ・電子メールも「文書図画にあたる」と解釈している。HPの更新については新しい部分だけでなく、過去ログも一体のものとして頒布・掲示したことにあたると解釈しているため、同省は選挙期間中「候補者は選挙期間中WEBサイトを更新できない」という立場をとっているばかりか、選挙期間中のブログの更新、Twitterのつぶやき、さらにはミクシィに代表されるSNSの足あとまで公職選挙法に抵触されるとしている。前者は「つぶやき」も文書配布に当たるとされ、後者は公職選挙法で禁止されている「選挙期間中の戸別訪問」に当たると認定されているからだ。電子メールについても、内部で使う分には問題ないが、メーリングリストを通じて不特定または多数に投票依頼を行うことは、文書図画の頒布にあたるという見解を示している。

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水俣病とメディア・1

2009 - 11/04 [Wed] - 16:13

 昨日、法政大学内で開かれた「水俣」のテレビドキュメンタリーを読み解く-環境報道アーカイブの構築に向けて-というシンポに参加した。水俣病発生から半世紀過ぎ、今年ようやく制定された「水俣病特措法」はチッソの企業責任を曖昧にしたと、患者支援者から抗議の声が上がっているが、このシンポでは「報道」という視点から、水俣病の歴史を読み解こうという、極めてユニークかつ意欲的なプログラムだと思う。
 昨日ののシンポジウムに参加した人は、ざっと数えると50人くらいいただろうか。会場となった教室は、普段ゼミ等で使われる小さな教室であり、部屋の中はすし詰め状態だったが、裏を返せば、日本で初めて「公害病」に認定された水俣病をについて、これだけ関心を持ってくれる人がいるということは、主催者側には想定外の事態だったそうだ。なぜならば、過去の水俣病のシンポの参加人数は、それほど集まらなかったそうだ。シンポに集まったのは中・壮年層が多く、若い人はあまり見あたらなかった。公害病も立派な環境問題だと思うのだが、この問題にあまり関心を持ってくれる人が多くないのは残念だ。蛇足ながら、このシンポの会場だった法政大学内は、学園祭が開かれていた。彼らのうちの何人かが参加してくれたら、このシンポジウムはもっと盛り上がっていただろう。
 法政大学ではこのほど、大学院のなかに「特定課題研究所 環境報道アーカイブ研究所」を設けることになった。テレビの場合、報道番組は主にニュース、ドキュメンタリー番組として放送される。研究のためにはそういう番組も必要なのでアーカイブ収集を続けてきたが、日本の場合、原則としてニュースは保存しないという問題が発覚した。水俣も例外ではなく、実際にテレビ画面を通じて知る情報は保存されないテレビ局内に編集前の映像素材は残っているが、原則として公開対象が内部だけで、外部の人間は簡単に閲覧できないため、これまでの研究で構築したネットワークのなかから、協力者を見つけて研究を続けてきた。その過程で大変なことに気がついた。なぜならば、取材対象者の描かれ方の問題がわかってきたからだ。
 ニュース番組、ドキュメンタリーは視聴率が低くても見ている人がいるが、その記録が全く残されない、簡単に見られない、あの時どんな番組を見て振り返ることができない状態が続いてきた。映像も最重要資料のはずだが、資料が保管されていないため研究が簡単にできないのは大きな問題だ。放送事業者が取り組めばいいが、その取り組みが進まない以上、自分達の研究のために集めてきた素材を整理・保存し、アーカイブをきちんと構築しようと思った。そのための研究所を先月発足させ、このシンポジウムが初めての仕事である。 

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美しすぎる市議の暴言

2009 - 11/03 [Tue] - 10:53

 ワーキングプアに対する地元名士の子弟子女認識はそんなもんだ。

 藤川ゆり「生活保護の前に働け」

 藤川ゆり、別名「美しすぎる市議」。
 彼女の名前が日本に知れ渡ったのは、海外のサイトが紹介した「美人政治家」の中に、彼女が入っていたからである。このことは瞬く間に日本に紹介され、彼女は有名人になった。
 しかし、彼女の「本業」であるはずの「市議 藤川ゆり」としての評判は,あまり芳しいものではない。地道に「市議」としての本業に邁進していればいいものを、何を勘違いしたのかDVDを発売して「タレント気取りか」と批判されたり、そのことが原因で後援会長とけんか別れしたり、果ては地元の県会議員との「朝帰り」をフライデー-にすっぱ抜かれて「不倫か?」と騒がれたりと、話題になったのはスキャンダルばかりである。
 その藤川市議が、ネット上でとんでもない発言をした。
 内容はリンク元の記事を見ればわかるのだが、彼女はセレブ御用達月刊誌「プレジデント」で、若者が生活保護に安易に頼る風潮に対し
 「生活保護は病気や高齢の方のためにあるもので、働く気があるのにちょっとやる気がないというような人には就業支援を進めますね」
と発言したのである。もっとも、地方市議会議員としての「本分」は忘れなかったようで、地方で職業の選択肢が少ないことにも触れ、社会を支えるために若い人が働ける職場が必要との考えを示した。
 だが、ネット上での彼女に対する反発は想像以上に激しかった。「市議」としての活動はあまり伝わらず、報道されるのはタレント活動やスキャンダルばかり。おまけに彼女自身、その出自は地元で県会議員を父に持つ「セレブ」ということも災いし、twitter上ではその発言に異議を唱えるレスが相次いだ。

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理想と現実の狭間で

2009 - 11/02 [Mon] - 17:13

 「ビジネスの基軸を23.4度傾けよう」
 これは「環境とCSRと『志』のビジネス情報誌オルタナ第15号の編集後記に書かれていたスローガンである。オルタナは2007年に、もと日本経済新聞社記者である森 摂(もり・せつ)氏らが中心になって創刊されたビジネス雑誌で、企業の「別のモノサシとは何か」を探り、企業の社会責任(CSR)、LOHAS的なもの、環境保護やエコロジーなど、サステナビリティ(持続可能性)を希求す る社会全般の動きを追求することをコンセプトにしている,ちょっとユニークなビジネス雑誌である。この雑誌はビジネスを「社会悪」と見なさず、中小企業の先進的な企業活動を社会に広く伝えることで、大企業の活動にも影響を与える事を狙うことを編集方針に掲げている。のは、環境問題やNGO・NPOの記事を積極的に取り上げ、企業の社会貢献(CSR)情報を紹介するなど、雑誌が他の経済誌・ビジネス誌と一線を画している…はずだった。
 ここで「だった」と過去形の表現にしたのは、最新号の16号の特集記事に、違和感を覚えたからだ。
 この雑誌は第4号(2007年10月発行)で「エコカー」について取り上げている。その記事で同誌はエコカーについて様々な視点から検証を試み、自動車メーカーの言い分について異議を唱えている。政府が「エコポイント」制度を設立したことで注目を浴びている「エコカー」だが、当時は自動車ユーザーの間でも「知る人ぞ知る」存在で、メディアも今ほど注目していなかった記憶がある。当時は世界的な食糧危機が叫ばれていた時代で、その原因として,サトウキビの大生産国であるブラジルなどが「食用のサトウキビよりも、バイオ燃料に生成したほうが儲かると判断したから」とという噂が流れていた。だがエコカーは一般車に比べてはるかに高額であり(現在もだが)、同誌はエコカーは「買う」よりも「借りる」ほうがお得だと論評している。
 環境ライター・奥田みのり氏は、自分のブログでエコカーについて取り上げ、その中でエコカーは10万キロ走らないとCO2排出のメリットはなく(トヨタ・プリウスの場合)、他の自動車メーカーも、どのくらい乗ると、エコカーのメリットがでてくるのか公表していないことを指摘し、その線引きに必要な数値を公表しないで「エコカーは環境にいい」とPRする企業は、企業が本気で環境を大切にしようとしていない証拠だと憤慨していた。

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PSILA

Author:PSILA
「平和」・「自由」・「平等」を愛する、ワーキングプア階層に属するしがない中年フリーター。
ひょんなことからボランティア精神に目覚め、某NGO主催のクルーズに参加したことがきっかけで「9・11」以降都内近郊で開かれた平和関係イベントに積極的に参加し、その模様をネットに公開するようになる。
このBLOGは、生活苦と闘うワーキング・プア中年男性フリーターの軌跡を綴るものである

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