貧乏人が綴る、以前運営していたHPの日記コンテンツを引き継ぐブログ。

  平和を希求する中年男PSILAのつぶやきのナビゲーター   トップページ > 2010年01月  

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水俣病とメディア・3

2010 - 01/23 [Sat] - 10:40

 昨年11月3日に法政大学で開かれた「水俣病とメディア」の報告3回目。
 今回は、小林直毅・法政大学教授の話。

 私は熊本の放送局で流れたニュースを分析した。全国紙については言及されているが、テレビニュースは少ない。地方紙は縮刷版が残っているし、ドキュメンタリーは再放送されているが、テレビニュースを保管することはない。現在では保存している場合があるが、当時はその習慣がなくて素材が残っていないため、研究対象にならないが、特定地域としての認識を知る上で、テレビニュースの分析は不可欠である。熊本放送、NHKもあるし、当時の人が何を見ているかを知るのが研究の目的だ。
 地元放送局に保管されているニュース素材はないが、熊本放送が始まったのが59年、ラジオは53年。59~68年が分析期間、素材は47本だが、収録された時間はそんなに長くない。検索項目は68本、素材はもともと社内業務用に作られたため、一般公開されていない。そのため、個人的な信頼関係を築いた関係者から「学術研究」の目的で許可をもらって視聴した。アーカイブを作りたいのは、いろんな人に研究を公開したいから。オンエアした素材ではなく、プリントした物だけが現存している。そのため、ニュース原稿・進行表の発掘と対照が必要だ。放送記録はあるが、映像がない物がある。データー分析をしながら自分達がわからなければ、先輩達に聞きながらDBを作成した。原稿つきで最初に出てくるのは59年7月22日収録分だが、これは実験放送的な色彩が強い。当時は突き放した感じだった。紙だけではわからないので、ライブラリーにて映像を見て、ノートに映像概略を記す。今のところ本数が少ないところを見ているので、分析が追いついていない。
 ’61~’67年は地元でも報道されておらず、’68年以降に増えているのは、裁判が関係しているかも知れない。新聞も似たような状況らしい。’73年がピークで、’74年以降は減少傾向にあったことがわかる。残された映像は、関係者が見る発表ジャーナリズム的、漁民騒動に見られる事件ジャーナリズムの視点で取られた映像が多く、見舞金の報道はない。患者の映像は47本中9本、ほとんどが病院での取材で、患者正面からのクローズアップ・患者の身体表層、集落の取材がない。例外は水俣病のお原因が特定された’63年2月18日の映像。’68年に園田直が厚生相が熊本に入り、水俣病を公害に認定するニュースは15分あり、当時でも異例の展開である。患者に泣き寝入りさせない、病院患者を見舞う画面が出てくる。熊本放送が患者のインタビューを放映したのはこれが初めて。患者の様子がこの頃になると豊富になってくる。
 公害病認定後、関係者の映像や音声が増えてくる。当時とは違い、ニュースの結びの言葉に含まれるニュアンスが変わってきたり、患者に謝罪する社長の様子が放映されている。
 ’68年、熊本放送は初めて水俣病のドキュメンタリーを放送。その年の放送賞を受賞。これまで撮影してきた映像を編集して放映したが、これは地方局にしては画期的な出来事。このあと’73年、’97年にもドキュメンタリーが作られる。この映像からは、調査放送的な視点で制作され、チッソや行政に対する批判・告発のメッセージを読み取ることができる

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キックオフパーティー

2010 - 01/22 [Fri] - 15:34

 昨日、東京都内で開催されたgreen drinks Japanキックオフパーティー!にいってきた。green drinks(以下gd)というのは、ニューヨークやハワイ、中国からボツワナまで世界の600都市以上で開催されているグリーンやエコをテーマにしたパーティのことで、ニューヨークは毎回400人前後の参加者がいるそうである。
 日本では3年前にスタートしたが、その頃は参加者が20人前後の、小規模なパーティーだったそうである。それがだんだん回数を重ねるに認知度も高まったのか、参加者も増えていった。先週のgdは、ワタミ会長がゲストだったからか、彼の話目当てに多数の来場者がやってきたため,入場制限をかけるほどの盛況だったそうだ(私は彼が好きじゃないので参加しなかった)。
 今回の会場になった目黒クラシカは、ホテル・店舗・カフェがある複合施設である。会場は2階にあったのだが、私はそのことに気がつかなかった。私が顔を出した過去4回は、定刻よりも遅れてはじまったので、今回も多分遅れて開始するのだろうと思っていたから、開演間際まで会場付近をウロウロしていた。ところが、開演間近になっても、クラシカ1階はガラガラ。不安に思って携帯をチェックしたら「開場しました。もう40人くらい集まっています」というメッセージが入ってきていた。慌てて会場に戻っても、1階はほとんど人がいない。フロントに訪ねたら、会場は2階ですといわれた。greenzのHPを見ても、会場は2階であることが明記されていないから,戸惑ってしまったじゃないか。
 会場に着いた時は、椅子席はほぼ満室の状況だった。今回は定刻よりも少し遅れてトークがスタート。第一部は、gdの常連であるデザイナー・吉岡直樹氏と、greenzの活動に関わっているコピーライター・丸原孝紀氏の対談。吉岡氏曰く、初期のgreenzは参加者が少なく、雰囲気も硬かったという。丸原氏は、gdについて青臭い話ができるのが魅力であり、ここは単なる「出会い系」パーティーではなく、安全な出会い系だと語った。
 主催者側からgdの改善点を聞かれた両氏は、食べ物が少ない、硬軟両方の話題を取り上げたら、もッと入場者が増えると指摘しつつ、gdと異業種交流会の違いは、ただの名刺交換に終わることなく、「こういう世界をつくりたい」という大きな目標を共有していることだから、続けてきた方がいいし、毎月来ることによってどんどん腹からわかり合えるようになってくるようになるという見解を示した。
 引き続いて行われたトークショーは、地域活性化プロジェクトを多くてがける古田秘馬氏と、地域プロデュースも行うブックコーディネーターの内沼晋太郎氏の対談。gdは、内沼氏が持っているスペースで誕生したそうである。greenzは全国展開を目指しているそうだが、内沼氏は
 「どこでやるか、ということより、どうやって場をつくるか、という視点が重要。イベントはただやりましょうではダメ。どうやって求心力をつくるか。どこがお客さんのフックになるか。それを考えることが大事。告知の仕方とか、どういう人を集めたいのか、とか」
と述べた。残念ながらこの時間になると入場者が多くなり、マイクを使っているにもかかわらず内容が聞き取れなくて残念だったが、詳しい内容はgreenzから発表があるので、そちらをお待ちください。

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日本航空「破綻」

2010 - 01/21 [Thu] - 12:20

 これは第二の「国鉄問題」じゃないのか?

 日航破綻 利用客ら「官僚・政治家にも責任」「安全を」

 日本国有鉄道(以下「国鉄」)と、日本航空(以下「日航」)には以下の共通点がある。
 ・労使とも「親方日の丸体質」がどっぷりしみこんでいること
 ・複数の労働組合が乱立し、内部でいがみあっていること
 ・事業単年度では「黒字」なのに、累積赤字が積み重なった結果、動きがとれなくなったこと

 日航は旧「三公社」と同じ扱いの会社であり、政府が経営面をリードしてきた。株式上場後も、監督官庁である運輸省(現:国土交通省)から天下りを迎えるなど、政府に頼っていたことは否めない。
メディアは経営陣の見通しの甘さを非難しているが、政治家と役人も、日航破綻の原因を作ったことは、紛れもない事実だ。
 昔「我田引鉄」という言葉があった。政治家が票欲しさのために、選挙戦で
 「私が当選したら、この地に鉄道を引きます」
という「公約」を掲げていたことから出てきた言葉だ。事業経営で一番重要視されるべき「採算」を度外視した新線が全国で建設された結果、国鉄は深刻な経営難に陥った。そこに複数の労組の対立、「親方日の丸体質」と糾弾された「お上が何とかしてくれる」という甘えの体質が絡み、国鉄は「民営化」されるに至った。
 政治家達は「国鉄」で少し学習したのかと思っていたのだが、少し前まで「道路、道路」とわめき立て、そして今度は日航である。詰まるところ、政治家達は鉄道・道路・航空といった公共交通機関を「利権」に変え、役人とタッグを組んで自らの懐を肥やす手段に変えてしまった。現実を見ようとせず、採算を度外視して「おらが街にも鉄道を!道路を!空港を!」と駄々をこねてきた地方の有権者(正確には「地方ボス」)も、立派な共犯者である。
 大体、日本には「空港」の数が多すぎる。いい例が関西だ。あんな狭い地域に関空・伊丹・神戸と3つも「国際空港」がある。国内でも静岡・茨城の両空港開業問題ですったもんだした。県サイドは「需要調査はきちんと行った」としているらしいが、どこまで需要予測をやったのかなり怪しい。静岡は開港直前の測量ミスで開港時期が延期になり、茨城空港は、乗り入れが決まっているのはたった1社だけだ。茨城県民の場合、北部の住民は福島空港、南部の住民は成田か羽田を利用するから、作るだけムダだといわれてた。それでも開港を強行するのは、知事のメンツがかかっているからだろう。
 民間なら、採算がとれるかわからない新規事業に首を突っ込むことはありえない。ヘタをすれば会社は倒産するし、倒産まで至らなくても、株主代表訴訟で訴えられる。しかし、元々が「政府資本」だったこの会社は、上場後も「ピンチになれば、政府が助けてくれる」という体質を変えることができなかった。 

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P・バラカンと水俣-2

2010 - 01/19 [Tue] - 10:01

 「水俣・明治大学展-映像・報道・表現を通して考えるシリーズの第2回目。
 今日は、ピーター・バラカンさんとの質疑応答(要旨)を掲載します。私のメモを元にしているので、不完全なところも多々あることをご承知置きください。

 聴衆(以下「A」):
 私は在日コリアンだ。彼らは形に表れた障がい、コリアンは心に表れた障がいだと思っている。私は50年間差別されてきたので、それがイヤで本を読んでいた。考えて,考えて一つの言葉にたどり着いた。それは「無知は罪である」ということだ。20年間考えた結論は、自らの犯した罪が悪いとわからなければ、悔い改めることができないと思ったからだ。神様は人間に負のことをさせないのか?この映画を見て、是非この映画に出た人たちに会ってみたいと思った。
 公害問題として代表的なものだと思うが、日本はメディアが風化させてしまうといっていたが、イギリスでは公害問題が起きた時、風化させないなどやっているのか?

 ピーター・バラカンさん(以下「P」):
 日本で35年過ごしているが、現地の実態はつかんでいない。イギリスでいうと、放射性物質再処理工場の話を聞いたことがなく、六ヶ所村問題の映画で扱っているのをみてショックを受けた。イギリスでもしょっちゅう出てくるわけではない。イギリスのメディアは比較的開かれていて。責任ある報道をしているという印象があるが、具体的にといわれると十分に答えられる自信はない。すいません。  

 ここで主催者の方から関連して、かつて日本国内を騒がせた「サリドマイド事件」についての述べたので、ここで紹介する。

 「サリドマイド事件は日英で全く違っている。イギリスでは不買運動が起き、日本はそれで恩恵を受け、森永ヒ素事件で不買運動が起きたが、市民運動にはできなかった。日本国内での「不買運動」は、一般国民からは「特別な人々」という視点で見られた。それは、市民運動や国民性の違いではないか」

 さらに、石川さゆりのコンサートが実現した経緯について、当時の環境庁長官だった石原慎太郎が,陰で尽力していたことが明かされた。

 「石原長官が初めて水俣を訪問した時、彼は患者の申請文にケチをつけたり、患者との面会を拒否して現地でテニスをしたするなど関係者の顰蹙を買っていたが、、その一方で、水俣病患者のために何かできないかと言い続け、患者団体のリーダーと文通するなど交流していた。石原長官が自分に何ができるかといってきたので、患者の主治医,患者達がコンサートをやりがたっているというので、芸能プロに話を持って行き、コンサートが実現する運びになった。コンサートの模様を映画化する時、石川さゆりという「商品」に色がつくことを恐れたホリプロ側は、石川さゆりの映像に制限時間をつけるなどをした。

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P・バラカンと水俣-1

2010 - 01/17 [Sun] - 10:20

 13日、明治大学和泉キャンパスで開かれたシンポジウム「水俣・明治大学展-映像・報道・表現を通して考える」にいってきた。シリーズの第2回はブロードキャスターであるピーター・バラカン氏をゲストに迎え、前半は映画「わが街わが青春-石川さゆり水俣熱唱(’78年撮影、43分)が上映され、後半はピーター・バラカン氏のトークという形をとった。
 映画上映前、主催者側から挨拶があった。
 明治大学は建学以来、ずっと在野から社会正義を追求してきた。在野=現場だ。そこから社会正義を以下に追求するかをずっと追求してきた。水俣展についていえば、日本最初の公害問題である足尾鉱山の問題を告発し、アピールしたのは明治の学生だ。それが母体になって、明治大学の雄弁部が生まれた。その中心人物だったのがが三木武夫である。三木は生前
「もし自分が抜けたら、自民党がどんなひどい政党になるかわからないから、オレは自民党にとどまる」
 といった。彼は在野として正しい道を全うしたかったのだろう。
 水俣問題を追いかけると、様々な問題が出てくるのがわかる。それらの、問題を真っ正面から捉えるのが大学の課題だ。告発から50年以上なっるが、今も患者が4万人いるし、彼らは今も様々な生活の問題に直面している。大学のこれらの試みを支援して欲しい。

 ここで映画「わが街わが青春-石川さゆり水俣熱唱」が上映され、休憩の後、ピーター・バラカン氏のトークに入る。

 ピーター・バラカン氏
 この映画で扱われているコンサートは、’78年に撮影されたもので、私が日本に来た4年後だ。私は演歌を聴く人じゃないが、あの時代の歌はよく覚えていた。映画に出てくる彼女の態度をみて、プロだなあと感じた。彼女のことは知っていたが、あの当時は水俣の地名すら知らなかった。
 今日水俣の話をするとラジオスタッフにいった。彼は佐賀県出身だが、今も水俣病患者っているのかと聞き返されて驚き、ショックだった。メディアに出てこないから知らないから当然だ。自分もおぼろげにしか覚えていない状態が続いた。知らないのは罪じゃない。だがこれだけ大騒ぎになったにもかかわらず、メディアは過去のことにしてしまったから、水俣病は関係者の間でも知れれていない。 どれだけ深刻な問題なのか、それを改めて知った。こういう事は、多分中・高の授業で見せるべきだ。そのくらいショックだった。教育現場で映画が使われているかどうか?
 環境問題は何らかの形で起こる。インドのボンバルで起こったユニオンカーバイド化学工場の件もあったし、毎週司会をやっている番組では、アメリカの公害の問題を扱っているが、それらに共通しているのは人間が経済を優先するからだ。経済活動を否定するわけではないが、バランスは必要だ。 水俣の問題は、問題が実際に置きたのはしかたがない。だがチッソの責任は認めず、政府も実態を隠した。これは経済成長の妨げになるものは隠すということで、これは世界共通だ。これが続く限り、生活環境はよくならない。きれいな水、栄養のある食べ物、空気、身につけるものはとりあえず欲しい。 

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自民党運動方針案

2010 - 01/13 [Wed] - 13:47

 この政党、「保守」の概念がわかっていない。

 「保守」を前面に 自民党運動方針案全文判明

 「保守」とはいったい何か?
 他人からこう聞かれたら、たいがいの人はこう答えるだろう
 「それまで続いている習慣・風習を守ることだ」と。
 既成保守は、ことあるごとに
 「日本の伝統を守れ」
と叫ぶけれど、彼らが口にする「保守」とは、外国人を追い払うことであり、「祖先の英霊を称えること」を口実に靖国神社の公的参拝を実現し、南京大虐殺の事実を否定し、先の大戦を「正当な自衛戦争」であると主張することだ。それが「保守」だといわんばかりの口調で。
 「日本の伝統」というのなら、田舎の田園風景も「美しい風景」であり、本来ならそれも守られるべきなのに、既成保守論壇は「愛国」を叫んでも「環境保護」は全く叫ばなかった。「愛国」を叫ぶ人間で、同時に「環境保護」を叫ぶ人間がいたら、紹介して欲しい。
 さて、今回の自民党の運動方針案が発表された。
 自民党は今回の運動方針案で
「いまこそ自由と民主の下に正しい日本の保守の旗を立てねばならない」
として、スローガンに
 (1)品格と活力あふれる日本
 (2)未来を見据えた国づくり
 (3)党組織の再生と活性化
を掲げ、同時に
 「今日の偏向した教育の最大の原因は日教組の存在」
 「決して『アメとムチ』による恐怖支配の政党と同じになってはならない」
と、民主党との対決色を鮮明にしている。

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twitterで爆破予告

2010 - 01/12 [Tue] - 10:18

 恐れていた事態がやってきたか…

 『Twitter』でセンター試験会場に対し爆破予告! 予告なう

 従来、ネット上での犯罪予告といえば古くは「2ちゃんねる」に代表される匿名掲示板、最近では携帯からアクセスできるコミュニティサイトで行われることが多い(管理人のイメージであることを、あらかじめお断りしておきます)。
 このサイトでも何回か取り上げているが、twitterというのは、140字以内で今自分がなにをしているかを「つぶやく」ネットコミュニケーション・ツールである。日本でサービスがはじまったのは3年前からだが、140字以内という簡潔さが受けて、日本国内でもあっという間に参加者が増え、mixiなどのSNSを駆逐する勢いである。
 mixiなどの初期SNSは、比較的社会活動に関心が高いユーザーが大挙して押し寄せ、活発に意見交換がなされていた。ところがmixiは招待制をとっていたにもかかわらず、会員権をオークションに売りつける輩が出てきた。「マイミク(mixi上における『友人・知人』で、mixi内では『マイミク』の人数が多ければ多いほど。mixi内のステータスが高いと判断される)」ほしさに「2ちゃんねる」で「招待するから」「招待して欲しい」という告知が盛んになり、彼らが大挙してmixiに進出した結果、mixiの雰囲気はサービス開始時に比べて荒んだのは否めない。「身元がわかる」のがウリのはずのSNSだが、ネットにおける「身元」なんてあってないようなもので、ごまかそうと思えばいくらでもごまかせる。いざとなれば別のアカウントを取得して、以前のアカウントを放棄すればよい。彼ら悪質ユーザーにとっては、法令なんかあってなきが如しごとし、である。

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切ない派遣村物語

2010 - 01/10 [Sun] - 10:35

 自分も、いつかそうなるのだろうか…

 特集ワイド:公設派遣村・それぞれの物語 働き自立したい! 僕ら、どう見える?

 今年も、都内で実施された「派遣村」。
 「公営で実施されたことに意義がある」と一部では賞賛の声が上がっているとはいえ
 その実情は、昨年とは全く実態が異なっていた。
 前回のブログでも書いたが
 都の職員は、親身になって「入村者」の悩みに耳を傾けるどころか
 おざなりの「アンケート」でお茶を濁そうとしていた。
 その様子を見るに見かねた、前年「派遣村」有志で実施する「ワンストップの会」が
 入村者の手助けをしようと助け船を出すと
 都の職員はこれに感謝するどころか、彼らの活動を妨害する始末。
 自分達も、へたをすればいつかはああなるという考えがないのだろうか。

 北海道からやってきたという元とび職の青年は
 「食う」ために「夜の世界」に飛び込んだが
 この世界は自分には向いてないとわかり、すぐさま足を洗った。
 実家に妻子を残す彼は、このことを家族に伝えていない。
 仕送りもできず、ひもじい思いをさせている。
 「いっしょに暮らしても、路頭に迷わせるだけだ」と考える彼は
 ずっとこちらで仕事を探す決意を傾けている。

 年末に仕事と家を失い、「ホームレス」と思われるのがいやで、
 夜の街をさまよっていた青年は
 居ても立ってもいられず、派遣村行きのバスに乗った。
 「鳩山首相がお母さんからもらったお小遣いの1割でもいいから僕らに分けてほしい」
 とつぶやく青年。
 パフォーマンスはいい、仕事をくれという言葉は
 「派遣村」のあちこちから聞こえてきた。

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「快適な生活」の陰で…

2010 - 01/08 [Fri] - 12:11

 バブル景気絶頂期
 「おいしい生活」というコピーで一世を風靡した百貨店があった。
 その百貨店は、 時代の最先端を行く百貨店として知られていた。
 当時、消費は「美徳」とされ、人々は狂ったように享楽的な生活に走った。
 その陰で、モラルの崩壊は深く、静かに進行していたことに
 気づいた人は誰もいなかった。いや、誰もが「気づかない」ふりをしていた。
 バブル崩壊とともに、その百貨店が抱えていた暗部が一気に表沙汰になった。
 時代の最先端を行く経営者とメディアから持ち上げられていた社長は
 一転して、賞賛されていたメディアからバッシングを受けた。
 結局、社長は全財産を売り、経営権を他人に譲り渡し、ビジネスの一線から姿を消した。

 年明け早々、昨年私の会社に入社した社員2名が、昨年一杯で退職した。
 退職理由は「プライベート」を理由に明かされなかったが
 私には心当たりがある。
 うちの会社には正社員の勤務シフトは
 8時~17時までの「早番」と、17時~深夜2時までの「遅番」にわかれている。
 「遅番」は規約上、深夜2時が定時になっているが
 実際に定時で帰れるのはごくまれなこと。
 普通の時間帯でも残業はきついのに、
 うちの会社の深夜残業は、他の会社よりも仕事がきつい上に人数も少ないから
 心身共に疲れやすくなる。
 今会社を辞めても、仕事が見つかる保証はない。
 「無職」になる恐怖心で、彼ら2人は必死に会社にしがみついてきたが
 ついに限界点を超えてしまった。
 仕事がみつかないことを覚悟の上で、彼らは自分の身を守ることを選んだ。

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公設派遣村が閉所

2010 - 01/06 [Wed] - 10:47

 だが、本質的な問題は解決していない…

 都の“派遣村”が終了 800人が別施設に転居へ

 昨年「反貧困ネットワーク」が中心になって、日比谷公園で開催された「年越し派遣村」の公営版として注目された「公設派遣村」が昨日、無事に「閉村」した。今年は883人がやって来たが、そのサービスは「年越し派遣村」とは比較以前の問題だったらしい。都側はハローワーク職員らが職業・生活相談したといっているが、当の相談者からは
 「各種支援を求めたが何も決まらなかった。都の職員は事務手続きとして必要なことを聞くだけで、こちらの話をもっと聞いて欲しかった」
という不満の声が相次いだ。
 都に遠慮して、メディアは詳しい実態を報道しないが、実際に「派遣村」を訪れた小池晃・参議院議員(日本共産党)はtwitterで、公営版派遣村の実態をリポートしてくれた。その内容は、あまりにも衝撃的なものだった。都の職員の対応を見かねた「ワンストップの会(「年越し派遣村」に参加した有志の団体)が来所者の相談を始めると、都の職員が
 「(相談を)やめろ。あなた方は国と東京都の取り組みをこわそうとしている」
と暴言を吐いたそうである。その後はワンストップの会の帯同も認められるなど少しは改善したようだが、村内で体調を崩した入村者を救急車で運ばれる騒ぎがあった時には救急隊員も
「派遣村には医者もいるのに診てもらえないの?」
と不思議がるなど、都の対応はお粗末なモノだった。また都側が実施した「相談業務」も、実態はアンケートのようなもの。どんな支援の制度があるのかも教えてくれないと入村者から不評だった。 
 

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正月のスポーツ中継に違和感

2010 - 01/04 [Mon] - 10:43

 今年は、正月休みがたった3日しかない。この日数には同僚パートさんも不満たらたらだが、会社側は
 「うちは曜日で動いているから」
といい、不満だったら有給をつかって欲しいというスタンス。だから、今年は明日から仕事始めであり、休んだという気がしないのが不満だ。今年の正月休みはネットカフェで映画を見て、たまっている新聞を読み、テレビのスポーツ中継を見つつ、ダラダラ過ごしておしまいという、なんとも非生産的な過ごし方になってしまった。本当は、何らかのボランティア活動に関わりたかったんだけどね~。
 先ほどtwitterで
 「『スポーツを俺たちの力でどれだけ盛り上げられるか』の民放と、『スポーツの魅力を伝えるのにどれだけサポートできるか』のNHK、的な違いを感じる正月スポーツ中継」
というつぶやきが流れたが、その通りだと思う。民放にとって、スポーツ中継は「視聴率がとれるコンテンツ」の一つに過ぎない。いい例が今日の箱根駅伝で、実況も解説も二言目には「頑張れ」としかいわない。しかもこの解説者、自分の母校が画面に映った時は雄弁になるが、劣勢に立たされると途端に黙り込む。
昨年も、母校が首位から転落しそうになると本業そっちのけで母校の応援にまわり、母校が2位に転落すると沈黙していたそうで、その解説ぶりを非難する投書が載っていた記憶がある。
 中継を見ていて気がついたのは、スポーツ選手の人相の悪さ。選手達には申し訳ないけど、はっきり言って今の選手達はそこら辺のゴロツキにしか思えない。彼らの多くは勉強そっちのけでスポーツに打ち込み、社会的な常識はほとんど知らず、自分達の判断基準が世間・世界の常識だと思い込んでいるフシがある。それは違う、と反論する人もいるかも知れないが、私のいっている学校が世間で言うところの「底辺校」ということもあり、部活動をやっている生徒は総じてガラが悪かった。
 母校には「体育科」(現在は「普通科体育コース」に名称変更)というのがあったが、部活動の主力選手は大体がそちらに在籍していたが、スポーツをやらなければどうしようもないゴロツキという輩も多く、校内の一般生徒からは嫌われていた。私自身、彼らから下校途中の電車内で絡まれ、凄まれたことがあるから、体育会系の学生には悪い印象しかない。
 ずっと以前の記事で体育会系の学生を非難する記事を書いたところ、彼らのやっていることは「文武両道」ではなく「文武別道」だ、彼らのやっていることはお遊びでしかないとコメントをよこした人がいたが、私もその意見に同意する。

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2009年回顧録

2010 - 01/01 [Fri] - 13:25

 昨年当ブログを訪問してくれた皆様へ
 喪中ですが「明けましておめでとうございます」。
 旧年中はお世話になりました。
 本年もよろしくお願いします。

 今年も無事に新年を迎えた。
 このブログの読者の方でなくてもご存じかと思うが、昨年は公私ともに激動の年だった。
 2月には父が旅立った。
 覚悟していたとはいえ、もっともっと長生きして欲しかったし
 自分が貧乏でなかったら、もっと条件のいい病院で闘病生活を送らせてやりたかった。
 そういう意味では大変悔いが残るが、今後今の生活状況がから脱出できる見込みは
 残念ながら、ないという状況だ。悔しいが、しょうがない。
 私が好きなドラマである「ファン・ジニ」にこんなセリフがある。
 「強いから生き残るのではない。生き残るから強いのだ」
 私はこのセリフを胸に秘め、これからもしぶとく、したたかに生き残ってみせる。
 いわれなくても生きてやる!生き延びてやる!
 5月にはtwitterに参加した。
 最初のうちは使い方がわからず、本格的に参加するようになったのは7月も下旬になってからだが
 フォローしてくれる人数が増えるにつれ
 これまで経験しなかった出会いもあったし、思わぬ再会もあった。
 8月には、実に85年ぶりという、選挙による「政権交代」が実現した。
 60年間、積もりに積もっていた国民の鬱憤がとうとう爆発した。
 道はまだまだ険しいが、ゆっくりと着実に仕事をして欲しいものだ。

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PSILA

Author:PSILA
「平和」・「自由」・「平等」を愛する、ワーキングプア階層に属するしがない中年フリーター。
ひょんなことからボランティア精神に目覚め、某NGO主催のクルーズに参加したことがきっかけで「9・11」以降都内近郊で開かれた平和関係イベントに積極的に参加し、その模様をネットに公開するようになる。
このBLOGは、生活苦と闘うワーキング・プア中年男性フリーターの軌跡を綴るものである

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