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所詮いじめられっ子は
大人になっても「いじめられっ子」にしかなれないのだろう。
世の大人たちは「いじめられる側にも原因がある」としれっと答える。
子供たちは、そんな大人たちを見て育つ。
世の中から「いじめ」なんかなくなるわけがない。
小学校のときからいじめられっ子だった私。
原因は自分でもよくわからないが、対人関係を構築する力が乏しかったのは確かだ。
それがひどくなったのは小学4年になってから。
私はある女子児童から「バイ菌」呼ばわりされ、それから地獄の日々が始まった。
クラス全員、私をいじめる側に回った。
教師は注意してくれるが、一時しのぎに過ぎなかった。
中学になっても、相変わらず地獄の日々は続いた。
毎日毎日、泣いてばかりいた。
当時の担任は、私のことを「白いハンカチ」と呼んでいた。
最低だ。
そんなやつが、教壇に立っているのだから、生徒は救いようがない。
グレるやつの気持ちがわかる。
今から振り返ってみれば、よく自殺や不登校にならなかったものだ。
われながら感心する。
「自分で自分をほめる」とは、このことをいうのだろう。
高校生のとき、小学校時代に私をいじめ地獄に追い詰めていた児童にばったり出くわした。
その女、小学校時代から性格がちっとも変わっていなかった。
私の顔を見て一言
「ほらほらあいつあいつ」とせせら笑ったあの女。
名前も顔も、はっきり覚えている。
今も日本のどこかで、のうのうと楽しい人生を送っているのだろう。
あの女のことは、一生許せない。
小学校と高校時代、私をいじめていたのは「ガキ大将」だった。
いや、ガキ大将と書いたら、本物の「ガキ大将」に失礼だな。
「ガキ大将」はむやみやたらと弱いものいじめをしないけど、彼らは仲間内の人間をアゴでこき使っていたのだから。
2人とも「金持ちのどら息子」という点で共通していた。
ひとりは医者の息子、もう一人も金持ちの息子。
子分を引き連れ、学内で威張っていた。
そしてあろうことか、生徒会の会長に立候補した。
しかし人望がないから、生徒はみなこぞって対立候補に投票し、彼らは落選の憂き目を見た。
ふてくされた態度をとる彼らに、周囲の目は冷ややかだった。
ざまあ見ろ!
長じてボランティアに参加しても、その手のいじめは続いた。
あるとき、私が個人的に送ったメールを、MLという公の場にさらしたバカがいた。
私が注意しても反省の態度を取らず、逆切れしてきたので、私は彼をそのMLから追放し、その旨告知したところ、こともあろうに、私の対応を非難する奴がいた。それも複数である。
なんていう連中だ!
こんな奴らがボランティアに参加していると知った私の心は、どこかでポッキリと折れた。
彼らがいるから、NGOはいつまでたっても「自己満足で偽善者で独善的な人間の集団」といわれるのだ。
「集団」というものがある限り、いじめはなくならない。
私は今もそう信じている。
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