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消えゆく命の灯火
父が「お腹が痛い」といって入院したのは、今年の3月。
普段から世話になっている医者で点滴を打ってもらっても症状が好転せず、そこの紹介で検査を受けたところ、ガンにかかっていることがわかり、手術をしたのが4月のこと。
無事手術が終わり、自宅で療養し、見えをはって「俺は元気だ」といわんばかりに、自転車に乗ってあちこち外出していた父。
手術で胃が小さくなっていたにもかかわらず、元気なころと同じくらいにガツガツ食べていた父。
耳が遠くなり、同時にボケも進行し、それが原因で母や私に不愉快な思いをさせていた父。
そんな父を見て、私も母も「また始まった、しょうがないな」と苦々しく思いつつも、どうかこの先も順調に行きますようにと、心ひそかに願っていた。
しかし、病魔はそんな父を静かに、深く蝕んでいた。
定期検査で「なんでもない」といわれながら、日に日に頬の肉がげっそり落ちていく父を見て、不安に思っていた。
そして不幸にして、いやな予感は的中してしまった。
再入院。
医者からはすでに「来年の正月はない」といわれている。
以来母は毎日、父を見舞っている。
父の病室は4名部屋、ほかの患者さんも「先が見えている」人たちばかり。
母は見舞いに行くたび、私が仕事から帰るたびに「父がかわいそう」と嘆いている。
母以外に、見舞いに来てくれる人がいないからだ。
私も2回ほど、仕事が休みの日に父を見舞っている。
先がないとわかっているから、少しでも父と一緒の時を共有したい。
しかし、父はそんな私の気持ちを知ってかしらずか、少しすると私に「帰れ、帰れ」といってうるさい。
母に対しても、同様の態度をとるらしい。
手術後は、同室の患者さんとおしゃべりを楽しんでいた父だが、今はテレビを見る気力も、他人と話す気力もなくなっている。
切ない。
この文章を書いているそばから、ため息が出てくる。
それにしても、父を担当している看護婦の不愉快な態度ったら!
私も母も、時間があったら毎日見舞いに駆けつけてやりたい。
少しでもそばにいてやりたい。
にもかかわらず、その看護婦は「がん患者の家族は、毎日見舞いに来て、遅くまでそばにいてやるのが当たり前」とばかりの態度を見せてくる。母は見舞いから帰るたび、私に「今日はこんな、仕打ちを受けた、あんな態度をした」とぐちぐち言ってくる。
年末年始の間だけ、父は自宅に帰ることになったらしいが、医者は今回の一時帰宅に難色を示していたらしい。それがそうなったのは、看護婦が言葉巧みに主治医を丸め込んだからだと、母は言っている。父が病院と自宅の往復に耐えられるかどうかわからない状態だというのに!
なんだかんだいって、年末年始も世話をしたくないからというのが見え見え。
こんな性悪な看護婦、見たことない!
見た目もスタイルも悪いけど、根性もここまで悪いとはね。
われわれの隣の患者さんは金持ちらしく、件の看護婦は猫なで声で「今度何かありましたら、個室を用意しておきますから」といっていると母から聞いた。
われわれが「保護受給者家庭」だから、思い切り見下している。
もっと金持ちだったら、それなりのサービスを提供するのだろうが。
ああ、おぞましい。
「白衣の天使」のように振舞えとはいわないが、金持ちと貧乏人とであからさまに態度を変えるその性格、本当に許せない。
ちなみに、父が入院しているのは某県立病院である。
医療スタッフの一員という以前に、公務員なんだという意識が透けて見える。
先が見えた患者の病棟なのに、ご丁寧にクリスマス・ツリーが据えられていた。
不愉快だ。
とっとと天に召されよ、というメッセージなのだろうか?
「せめて、クリスマスくらいその気分を味わってほしい」と病院が思っているのなら、これは偽善でしかない。
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