| トップページ > 戯言 > 謹賀新年2008 | ||||
謹賀新年2008
2009 - 01/01 [Thu] - 17:18
母が父に対し、私が新聞を読んでいることをいうと、父は「そうか」と返事した。
そのことで、父は、人の会話はよく聞こえないのだが、物音に対しては鋭敏に聞こえているのだということを知った。
確かに、父の認知症はかなり進行しているが、時に頭がクリアーに働くことがある。
患者が認知症だからといって、小ばかにする態度をとってはいけない。
その罰は、巡り巡ってきっと自分にかえってくるであろうから。
白衣を着た悪魔(彼女らが我々に対してとった態度は、もはや「看護婦」の名に値しない)から「泊まるなら、ベッドかベンチを貸すから」という申し出を一度は断り、私は睡眠薬を服用し、一度は眠りについた…つもりだった。ところが座って眠ることに慣れていないため、なかなか眠りつけない。結局、巡回に来た悪魔に泣きつくような形で、ソファーを貸してもらうことになった。
「こんなことなら、最初から素直に『ベッドかベンチを貸してくれ』といえよ」と、悪魔が愚痴るだろう。
ああ、屈辱だ。
次に目が覚めたのは、朝の6時半過ぎ。
背中が痛くてしょうがない。
ベンチのクッションが指圧がわりになって、長時間背中を圧迫したからだ。
ベンチの上でウダウダまどろんでいると、悪魔の一人が「初日の出を見ませんか」と声をかけてきた。私は「こんな時期に、何が『初日の出』だ。ふざけんな」と心中毒づいたが、母は嬉々として出かけていった。仕方がないので、私もついていった。
病院の中で、はじめて見る「初日の出」。
私は、自分の運命を呪いたくなった。
よりによって、何でこんなときに初日の出を拝まなくちゃならないんだろう?
私と母が帰宅したのは、それから30分ほど後のこと。
家の近くで見知らぬ人が「富士山が見えますよ」と教えてくれた。
ふと前方を見ると、富士山が凛としたたたずまいを示していた。
「今年は、きっといい年になるよ」。
母はこうつぶやいた。
父の病状がすでに「先が見えた」とわかっている今、母の胸中はいかばかりか。
初日の出なんか見たくなかった。
富士山も見たくなかった。
今、私が一番願いたいことは
「健康な父を返してくれ」
そして
「我々に対し、尊厳をもって接しろ」
帰宅して、母とともにお雑煮を食べ
細々とした用事を片付け
再び父の病院に戻り
このBLOGを書いている。
今年が、わざわざこのBLOGを訪問してくれた人にとって、幸多からんことを願う。
あけましておめでとうございます。
昨年、このBLOGを訪問してくださいました970名余の皆様、どうもありがとうございました。
今年もくだらないことしかつづらないとは思いますが、よろしくお願いいたします。
夕べは、両親と3人、病院の中で年を越すという、できることならば二度と味わいたくない経験をした。
そこで、父の行動について一点、気がついたことがある。
私はTVで放映されていた、年末恒例の「紅白歌合戦」をちらちら覗きながら、新聞を見ていた。
すると、父がこうつぶやいた。
「うるさいなあ。何かがカサカサいっているぞ」と。
母が父に対し、私が新聞を読んでいることをいうと、父は「そうか」と返事した。
そのことで、父は、人の会話はよく聞こえないのだが、物音に対しては鋭敏に聞こえているのだということを知った。
確かに、父の認知症はかなり進行しているが、時に頭がクリアーに働くことがある。
患者が認知症だからといって、小ばかにする態度をとってはいけない。
その罰は、巡り巡ってきっと自分にかえってくるであろうから。
白衣を着た悪魔(彼女らが我々に対してとった態度は、もはや「看護婦」の名に値しない)から「泊まるなら、ベッドかベンチを貸すから」という申し出を一度は断り、私は睡眠薬を服用し、一度は眠りについた…つもりだった。ところが座って眠ることに慣れていないため、なかなか眠りつけない。結局、巡回に来た悪魔に泣きつくような形で、ソファーを貸してもらうことになった。
「こんなことなら、最初から素直に『ベッドかベンチを貸してくれ』といえよ」と、悪魔が愚痴るだろう。
ああ、屈辱だ。
次に目が覚めたのは、朝の6時半過ぎ。
背中が痛くてしょうがない。
ベンチのクッションが指圧がわりになって、長時間背中を圧迫したからだ。
ベンチの上でウダウダまどろんでいると、悪魔の一人が「初日の出を見ませんか」と声をかけてきた。私は「こんな時期に、何が『初日の出』だ。ふざけんな」と心中毒づいたが、母は嬉々として出かけていった。仕方がないので、私もついていった。
病院の中で、はじめて見る「初日の出」。
私は、自分の運命を呪いたくなった。
よりによって、何でこんなときに初日の出を拝まなくちゃならないんだろう?
私と母が帰宅したのは、それから30分ほど後のこと。
家の近くで見知らぬ人が「富士山が見えますよ」と教えてくれた。
ふと前方を見ると、富士山が凛としたたたずまいを示していた。
「今年は、きっといい年になるよ」。
母はこうつぶやいた。
父の病状がすでに「先が見えた」とわかっている今、母の胸中はいかばかりか。
初日の出なんか見たくなかった。
富士山も見たくなかった。
今、私が一番願いたいことは
「健康な父を返してくれ」
そして
「我々に対し、尊厳をもって接しろ」
帰宅して、母とともにお雑煮を食べ
細々とした用事を片付け
再び父の病院に戻り
このBLOGを書いている。
今年が、わざわざこのBLOGを訪問してくれた人にとって、幸多からんことを願う。
コメントの投稿
トラックバック
http://psila.blog116.fc2.com/tb.php/147-460ce59c







