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「脳死は人の死」成立
この問題については、まだ議論の余地があったと思う。
「子の命は」親心明暗 「脳死は人の死」成立
最初に断っておくが、私は基本的に「脳死は人の死」という意見に賛成の立場である。
理由は2つ。
脳はすべての臓器の司令塔であり、「脳が機能停止に陥る」ということは、他の臓器の働きに影響を及ぼすということ。そして、「植物人間」状態に陥った患者をみるのは忍びないこと。
もう一つは、臓器移植の問題。「脳死」の場合、臓器移植が成功する可能性が高くなるという話を、聞いたことがある。臓器移植をしないと助からないケースが多々ある以上、それをしやすいようにするためには、積極的に「脳死認定」を進める必要があるのではないか、と思うからである。無駄な延命治療をしてお金をかけるより、使える臓器を他人に移植してもらいたい、という考えもある。
法律改正前は、当人が生前に臓器提供意志を書面で意思表示することを証明する必要があったが、今回の改正で、生前に本人が提供意思を表明していない限り、家族の同意があれば臓器提供ができるようになった。同時に、臓器提供の年齢制限(改正前は15歳未満)も撤廃された。
背景として、海外での臓器移植に関して、国際世論の風当たりの厳しさが挙げられる。世界保健機関(WHO)は、自国内で臓器提供を増やすよう求める、臓器移植指針を改定する方針で、今回の改訂はそれを先取りしたものだ。海外の臓器移植には滞在費・医療費を含めると億単位の費用がかかるのが現状で、海外でも「なぜ日本人だけが?」と、非難の対象になっているため、その批判をかわし、患者の費用負担を軽減することも、この法律が制定された理由のひとつだと思われる。
海外での移植しか助かる見込みがない難病患者を抱える家族にとっては、今回の法案は「朗報」だろう。億単位に上る滞在費、医療・治療費をまかなうために募金を募り、遠い異国の地で白い目で見られる可能性が少なくなったからだ。
しかし、この法案に反対している人は
「植物状態になっても、成長している患者はいる。何より、患者の『生きる権利』を奪うのは許せない」
として主張している。どうせ助からないとわかっているのに、なぜ生かすことに執着するのかという、他人のプレッシャーが強まるというのが、その理由である。「脳死状態」に陥り、心臓だけが動いている患者でも、髪の毛や身長が伸びるケースがあるらしいのだが、反対派はその数字を最後まで明かさず、その事が国会内で議論されることもなかった。
医療現場も、今回の法律改正について
「臓器移植に関して誰の許可を得たらいいのかわからない。『脳死判定』についての同意事項も曖昧で、医療現場に権限を丸投げされても困る。法律改正で、臓器移植が増えるとは思えない」
という意見があるそうだ。国会では「臓器移植時のみ『脳死は人の死」とする」修正案も提出されたが、残念ながら否決されてしまった。共産党は参議院において、党全体で修正案を支持する方針を打ち出し、社民党は、党全体で法案に反対する姿勢を表明したが、自民・公明・民主・国民新党の各党は、個人の死生観を党議拘束で縛るのはおかしいとして、それを外した。判断がつかずに「危険」という選択をした議員も多い。その一人、安倍晋三元首相は「双方の気持ちがわかるだけにつらい」と、その胸中を吐露している。
息子が脳死状態に陥った体験を持つ作家・柳田邦男氏は、14日付の東京新聞コラムで
「法案推進派のすさまじいロビー活動で、『ドナー家族を守ってこそ、良い医療ができるのだ』という配慮が吹き飛び、『ドナー家族がどんな問題を抱えようと、自分達は臓器さえもらえればいい』というのはエゴイズムだ」
として、今回成立した法案を批判し、その上で死にゆく患者の家族の人に臓器決断を迫ったり、「脳死は死」は科学的決断だという嘘はつかないことを徹底し、医療現場および意志の心得を十分に成熟させて欲しいと語った。
「脳死=人の死」というイメージは、海外の常識だといわれているがそれは本当にそうなのか、ひょっとして、それは「脳死推進派」にすり込まれているのか、残念ながら、判断できる材料が揃っているとはいえない。ただいえるのは、成立してしまった以上、禍根の残らない運用をして欲しいということだけである。
この記事を書きながらも、私の心は反対側に揺れる日が来るのではないかと思っている。
TBありがとうございます。
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脳死問題〜脳死と植物人間は違います〜
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