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twitterに広がる波紋

2009 - 12/30 [Wed] - 13:24

 私がtwitterにデビューして、早いもので7ヶ月が経とうとしている。 このコミュニケーションツールは2年前にスタートしたそうだが、私は寡聞にしてこのシステムを知らなかった。
 2年前の今頃は、ネットカフェの存在を知って、ネットから孤立していた時期からようやく脱出した頃。理由は4年前の秋、私のパソコンが故障してネットから孤立してしまい、私は「音信不通」状態になってしまったからだ。ML・mixiのコミュで管理人をしている私にとって、ネットからの孤立は信用問題に関わるのだが、某NGOの運営問題をゴタゴタが原因で心に深い傷を負っていた私は、この問題をきっかけに「もういいや!」とばかりにこれらの問題から「逃走」した。では、mixiコミュの管理をどうしていたのかというと、当時は東京駅に10分100円でネットにつながるスペースがあり、そこから管理をしていた(ネットカフェが普及したからか、現在はそのスペースは撤去されている)。
 ネットカフェのそを知ったのはそれから2年後である。今でこそ映画DVDを見るためにネットカフェを利用しているが、当時はネットでのコミュニケーションのためというより、アダルトDVDを見るために利用していたというのが正しい。もっとも、今はそっち方面はあっという間に飽きてしまい、今は映画に夢中になっているのだが。今年2月にイーモバつき「100円パソコン」をゲットし、今でこそ自宅からネットに接続できているが、それ以前はネットカフェからブログを更新していた。振り返るに、ネットカフェからブログを更新していた頃は、現在より文章がさくさくまとまった。多分、お金がかかるからさっさと文章をまとめなくてはという思考が働いていたのだろう。
 twitterデビューを果たしたのは、今年の5月である。知人のブログに貼り付けてあったtwitterのパーツでそれを知り、よくわからないまま登録作業をしたのだが、当時はどんなことができて、何をするためのシステムだか理解できなかったので、登録してから約2ヶ月間は放ったらかし状態だった。ぽつぽつとつぶやきだしたのは7月に入ってからだが、その頃はネットでの交流はmixiが中心で、twitterはブログ更新ツールとしか見なしていなかった。そんな人間をフォローする酔狂な人間はほとんどおらず、私に初めてついたフォロワーは団体、それもNGOだった。これは私がブログで、社会問題について発言していたからだろう。本格的にtwitterでつぶやき始めたのは7月下旬に入ってからで、知人がフォローしているリストを参考に、フォロー数を増やしていった。つぶやく回数が増えるにつれて私をフォローしてくれる人も順調に増え、今ではフォローしてくれる人も900人近くになった。本格稼働から5ヶ月の間に、月平均で200人近くが私をフォローしてくれた計算になるとともに、私みたいな人間に興味を持ってくれる暇人がこれだけいるのかと驚いたりする。

 twitterの一番の魅力は、フォロー/リムーブが簡単にできることだろう。そいつの発言に興味を持ったらフォローすればいいし、感性が合わないと思ったらリムーブすればいい。SNSのように「友達になってください」というリクエストメールを送るという、面倒な手続きもいらない。面白そうなヤツ、社会的に重要なことを発信していると思われる人間には、自然と相手の方からフォローしてくれる。これは、従来のSNSにはあり得なかったことだ。実際私は、SNSでは「友人」が20人くらいしかいないのだが、twitterではSNSでは比べものにならないほどの人脈ネットワークを構築できた。
 だが、人数が増えるにつれておかしな発言をする人間が出てくるのは、どうしても避けられない。つい先日も、私がフォローしている人間がこんな発言をしたのを見て、目が点になった。
 「人の友人を無闇勝手にフォローしたりするのはやめましょう・・・(以下略)」
 何じゃそりゃ?と思いつつこの発言を一部引用してつぶやいたら、私と似たような違和感を感じた人は他にもいたらしい。その時は「そんなもんかな」と思っていたのだが、その日の夜にこの発言が思わぬ波紋を広げることになる。
 実は、私がtwitterを始めた時はよく理解できていなかったのだが、このシステムはSNSと違い、全ての発言がネット上に公開される。SNSみたいにクローズの設定もできるが、その場合は相互フォローしている人しか当該人物の発言を閲覧できない。だから「自分」という人間を理解して欲しければ、つぶやきを「公開」にしたほうがいいし、フォロワー獲得には「公開」に設定したほうが有利である。twitterでは
 「『非公開設定』にしているヤツにいフォローされたくない」
という利用者が大部分だからだ。だからその時はおバカがアホなことをいっているという認識だった。
 ところが、その夜になって事態は急転する。私をフォローしている人間が、この発言にコメントをつけてRT(ReTweet=リツィート、自分がフォローしている人のつぶやきに同意、またはtwitter内で広げたい時に使うコミュニケーション方法)したところ、そのはつげんが瞬く間に広がり、わずか30分あまりの間に、私のアカウントに40を超えるコメントが殺到する事態になった。しかも驚くべきことに、よせられたコメントの全部が私の意見に同意するものだった。彼らは口々に、文句を言うのならSNSに帰れだの、このユーザーは何を考えているのかと発言し、中には「ひぇぇ~」などと、その発言に怖じ気づいたかのようなコメントをよこした人間もいた。
 だが本当に怖じ気づいたのは、この発言をした私である。私としては、ちょっとした不満をtwitterでぶつけたつもりだったのだが、自分の発言がこんなに広がるとは予想していなかった。twitterはスゴいと実感したと同時に、これからはむやみやたらなことはつぶやけないなと、ネット社会の怖さを実感したのだった。
 ちなみにその発言をしたヤツはというと、この発言に特に怖じ気づいた風でもなく、
 「わざと過激に言ったんですが。誤解されるのもツィッターのいいとこですよね」
などといっている。これをどう解釈したらいいのか困ってしまうが、他人の名誉を傷つけた訳じゃないから、まあいいかとも思える。でも、自分が他人からそういわれたら、そいつはどういう反応をするのだろう?これからに多様な発言をするヤツは出てくるのだろうかと、余計な心配をしたくなるのだった。

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PSILA

Author:PSILA
「平和」・「自由」・「平等」を愛する、ワーキングプア階層に属するしがない中年フリーター。
ひょんなことからボランティア精神に目覚め、某NGO主催のクルーズに参加したことがきっかけで「9・11」以降都内近郊で開かれた平和関係イベントに積極的に参加し、その模様をネットに公開するようになる。
このBLOGは、生活苦と闘うワーキング・プア中年男性フリーターの軌跡を綴るものである

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