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P・バラカンと水俣-1

2010 - 01/17 [Sun] - 10:20

 13日、明治大学和泉キャンパスで開かれたシンポジウム「水俣・明治大学展-映像・報道・表現を通して考える」にいってきた。シリーズの第2回はブロードキャスターであるピーター・バラカン氏をゲストに迎え、前半は映画「わが街わが青春-石川さゆり水俣熱唱(’78年撮影、43分)が上映され、後半はピーター・バラカン氏のトークという形をとった。
 映画上映前、主催者側から挨拶があった。
 明治大学は建学以来、ずっと在野から社会正義を追求してきた。在野=現場だ。そこから社会正義を以下に追求するかをずっと追求してきた。水俣展についていえば、日本最初の公害問題である足尾鉱山の問題を告発し、アピールしたのは明治の学生だ。それが母体になって、明治大学の雄弁部が生まれた。その中心人物だったのがが三木武夫である。三木は生前
「もし自分が抜けたら、自民党がどんなひどい政党になるかわからないから、オレは自民党にとどまる」
 といった。彼は在野として正しい道を全うしたかったのだろう。
 水俣問題を追いかけると、様々な問題が出てくるのがわかる。それらの、問題を真っ正面から捉えるのが大学の課題だ。告発から50年以上なっるが、今も患者が4万人いるし、彼らは今も様々な生活の問題に直面している。大学のこれらの試みを支援して欲しい。

 ここで映画「わが街わが青春-石川さゆり水俣熱唱」が上映され、休憩の後、ピーター・バラカン氏のトークに入る。

 ピーター・バラカン氏
 この映画で扱われているコンサートは、’78年に撮影されたもので、私が日本に来た4年後だ。私は演歌を聴く人じゃないが、あの時代の歌はよく覚えていた。映画に出てくる彼女の態度をみて、プロだなあと感じた。彼女のことは知っていたが、あの当時は水俣の地名すら知らなかった。
 今日水俣の話をするとラジオスタッフにいった。彼は佐賀県出身だが、今も水俣病患者っているのかと聞き返されて驚き、ショックだった。メディアに出てこないから知らないから当然だ。自分もおぼろげにしか覚えていない状態が続いた。知らないのは罪じゃない。だがこれだけ大騒ぎになったにもかかわらず、メディアは過去のことにしてしまったから、水俣病は関係者の間でも知れれていない。 どれだけ深刻な問題なのか、それを改めて知った。こういう事は、多分中・高の授業で見せるべきだ。そのくらいショックだった。教育現場で映画が使われているかどうか?
 環境問題は何らかの形で起こる。インドのボンバルで起こったユニオンカーバイド化学工場の件もあったし、毎週司会をやっている番組では、アメリカの公害の問題を扱っているが、それらに共通しているのは人間が経済を優先するからだ。経済活動を否定するわけではないが、バランスは必要だ。 水俣の問題は、問題が実際に置きたのはしかたがない。だがチッソの責任は認めず、政府も実態を隠した。これは経済成長の妨げになるものは隠すということで、これは世界共通だ。これが続く限り、生活環境はよくならない。きれいな水、栄養のある食べ物、空気、身につけるものはとりあえず欲しい。 

 最近の日本は経済バブルがはじけてから20年経ち、悪くなったままだ。最近、ハイチのミュージシャンと会った。彼と話をしていて、不況の話は聞くが、僕らの国よりもはるかに豊かだといわれ、それが印象に残った。ずっと日本にいる人なら、経済が悪くなったという印象があるが、世界の相対的レベルからみれば、日本はかなり豊かだ。むしろ、世界と足並みが揃ったというべきだ。政府も水俣の責任をとるようになった。金額は微々たるものだが、ないよりはましだ。
 他の場面で印象的だったのは、患者が政治家とやりあう場面だ。目の前で政治家を怒鳴りつけ、いいたいことをいうのは立派だと思った。政治家は公僕だ。我々の代表であり、有権者のために務めるのが仕事だから、仕事しなければ怒って当然だ。マイケル・ムーアの映画「シッコ」を見たが、この映画の中にイギリスの政治かトニー・ベンが出てくる。労働党の政治家だったが、彼は民主主義は最も恐ろしい制度である。政治家は有権者を恐れなければならないという趣旨のことをいっていた。日本は政治家を先生と呼びたがるが、あれは未だに理解できない。そんなことをやっていたら、威張り腐って横柄な口を利くのは当たり前だ。
 オバマが当選した時は、おそらく期待を持ってみた人が多かったが、あれから1年たち、今もオバマは心の中ではいいことをやりたいと思っているだろうが、彼のやることにだんだん疑問を持っている人が多いだろう。金融問題を起こした人間に責任をとらせないため、世界中の人が怒っている。銀行に税金を課すことを検討しているらしいが、果たしてどうなるか?銀行人が牛耳ることを変えるのが不可能だと、金融関係者はいっている。それが本当だったら、世界は末期である。
 患者になった若者達が、仕事を持てないから、どんな仕事でもいいから仕事をしたいというのが印象的だ。まわりの大人達は彼らを子供扱いしていた。、’70年代は今とは少し違うが、イギリスから来た自分には過保護に見えた。日本では車内アナウンスがあるがイギリスでは全くない。路線図を見ればわかるではないかと思った。だから日本は、1つ1つのことを考えないようにする社会という印象が今もある。若い患者達は障害を持っていない人より大変だが、何かやってみないとわからない、つかめない。時間がかかるけどできる。障害を持っていない人から見れば、ついついイライラするが、そこで余裕を持って、ちょっとでもやる機会を持つことが大事かをつくづく感じた。
 舞台挨拶のシーンが一番印象に残った。ファッションが変わった。あの時代のファッションは世界的に変だった。それをみていてだっせーと思った。’60年代のファッションよりもださい。大人として仕事をするのだから、宣言として挨拶をするのだから、女性はワンピース、男性はスーツといった決まり切った格好をなぜしなければならないか?世間の常識を押しつけられたという印象を持った。彼らの常識は、世間のそれとは違うのだ。いろんな意味で、彼らにストレスのかからない環境を作ってやるべきだと思いつつ、当人達もみんなの前に格好いい格好出てたかったのだろう。
 こういう記録は、事実を知らなければわからない。定期的に上映会をすることは意義があるから、もっとやって欲しい。映画を見た後、酒を飲みながら語り明かすということは最近ない。一方的に話をしたくないので、是非語り合いましょう。

 前半はここまで。
 後半は、バラカン氏と聴衆のトークを掲載します。

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Author:PSILA
「平和」・「自由」・「平等」を愛する、ワーキングプア階層に属するしがない中年フリーター。
ひょんなことからボランティア精神に目覚め、某NGO主催のクルーズに参加したことがきっかけで「9・11」以降都内近郊で開かれた平和関係イベントに積極的に参加し、その模様をネットに公開するようになる。
このBLOGは、生活苦と闘うワーキング・プア中年男性フリーターの軌跡を綴るものである

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