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P・バラカンと水俣-2

2010 - 01/19 [Tue] - 10:01

 「水俣・明治大学展-映像・報道・表現を通して考えるシリーズの第2回目。
 今日は、ピーター・バラカンさんとの質疑応答(要旨)を掲載します。私のメモを元にしているので、不完全なところも多々あることをご承知置きください。

 聴衆(以下「A」):
 私は在日コリアンだ。彼らは形に表れた障がい、コリアンは心に表れた障がいだと思っている。私は50年間差別されてきたので、それがイヤで本を読んでいた。考えて,考えて一つの言葉にたどり着いた。それは「無知は罪である」ということだ。20年間考えた結論は、自らの犯した罪が悪いとわからなければ、悔い改めることができないと思ったからだ。神様は人間に負のことをさせないのか?この映画を見て、是非この映画に出た人たちに会ってみたいと思った。
 公害問題として代表的なものだと思うが、日本はメディアが風化させてしまうといっていたが、イギリスでは公害問題が起きた時、風化させないなどやっているのか?

 ピーター・バラカンさん(以下「P」):
 日本で35年過ごしているが、現地の実態はつかんでいない。イギリスでいうと、放射性物質再処理工場の話を聞いたことがなく、六ヶ所村問題の映画で扱っているのをみてショックを受けた。イギリスでもしょっちゅう出てくるわけではない。イギリスのメディアは比較的開かれていて。責任ある報道をしているという印象があるが、具体的にといわれると十分に答えられる自信はない。すいません。  

 ここで主催者の方から関連して、かつて日本国内を騒がせた「サリドマイド事件」についての述べたので、ここで紹介する。

 「サリドマイド事件は日英で全く違っている。イギリスでは不買運動が起き、日本はそれで恩恵を受け、森永ヒ素事件で不買運動が起きたが、市民運動にはできなかった。日本国内での「不買運動」は、一般国民からは「特別な人々」という視点で見られた。それは、市民運動や国民性の違いではないか」

 さらに、石川さゆりのコンサートが実現した経緯について、当時の環境庁長官だった石原慎太郎が,陰で尽力していたことが明かされた。

 「石原長官が初めて水俣を訪問した時、彼は患者の申請文にケチをつけたり、患者との面会を拒否して現地でテニスをしたするなど関係者の顰蹙を買っていたが、、その一方で、水俣病患者のために何かできないかと言い続け、患者団体のリーダーと文通するなど交流していた。石原長官が自分に何ができるかといってきたので、患者の主治医,患者達がコンサートをやりがたっているというので、芸能プロに話を持って行き、コンサートが実現する運びになった。コンサートの模様を映画化する時、石川さゆりという「商品」に色がつくことを恐れたホリプロ側は、石川さゆりの映像に制限時間をつけるなどをした。

 A:私のいる学校は自由だ。水俣病の映画なんかを見せることが多いが、釜が崎などやりたいことが一杯ある。石原慎太郎が知事をやっているところでは、高校ではこういうテーマは自由にできないだろう。何か関心を持った子とっをやれる環境があれば、自由にできるだろう。映像を自由にできる環境がなくなっていることを実感する。

 P:高校時代、授業以外で社会問題をやった記憶がある。美術の時間、先生がドキュメンタリーを見せてくれた。そういう素材を見せてくれて、生徒の反応を任せるという雰囲気があり、今ほど切羽詰まったことをやっていなかった。’70年代以降、教育現場がなぜこんなに厳しくなったのか?宿題もなかったし、受験地獄も経験していなかった。普通に勉強して普通に試験を受け、競争が激しかったわけではない。(一流)大学に行きたい人が多すぎるからではないか。
  
 ここで、会場に来ていた3人の専門家が、水俣問題に関する意見を述べた。

 水俣フォーラム代表・栗原彬(明治大学名誉教授)
 水俣病について、明大が取り組めばいいと思っていたので嬉しい。大学にとってもいい機会だ。
 この映画が作られた利点を考えると、55年体制=生産力ナショナリズム、生産力が増せば増すほど豊かになり幸福になれるのが考えられたのが’55年からだった。その前後から水俣病が発生し、それが頂点になったのが3年後だ。この問題は、それからずっと来ている。成長政策とかいわれるのが、今まで変わらず続いてきた。政権交代してどうなるかわからないが。
 ’70年代は低成長に転じ、なおかつ高度成長時代の生活を維持したいという時代だった。その中でコミュニティが破壊され、人間関係がずたずたになる。そのなかで水俣病患者と市民の断絶状態になり、差別をうける。それが政府のやり方ではないか、だがそんなやり方ではダメだ。
 この映画は胎児性患者が主体的に動き、切れているつながりを復活させる映画だ。切符を売り画面が登場し、若者達が縁側にたむろしているが、縁側はかろうじて生きていることが,映画から伺える。結果として立ち見が出る。つながりが一瞬垣間見える。石川さゆりがいたからあれだけ盛り上がったが、その後30年間どうなったかを考えると疑問だ。
 彼らの作ったコミュニティは壊れてしまった。ポットハウス(水俣病患者の集まる場所)ができたが、それは壊れてしまったコミュニティを復興させる一つの手段だ。石川さゆりショーのおかげでつながりができたという話ではない。患者が手を広げようという運動の延長線上でできた。患者が市民に「つながらない?」と話しかけた。それが水俣市に建設が計画された、最終処分場撤回という形で結実した。反対運動に参加した市民の多くは、これまで患者に背を向けていた人たちだ。市長を新たに選び、一丸となって意思表示をした結果、熊本県知事も条件付きの許可証を出した。業者はそんな条件じゃやれないと、計画を撤退させた。そういうことを考えると、この映画はつながりの行動が大きな意味を持っていると思う。 
 
 藤本ゆかり(作家・明治大学教授)
 出身が熊本なので水俣には思い入れがあるが、水俣病に関心を持つようになったのは、和光大学時代田口ランディさんに「水俣展」に誘われたのがきっかけだった。チッソが生産していた化学物質が戦後復興に不可欠だったが、商品が気になっても、求めることはものすごい決断が必要であることがわかった。水俣患者は日本の発展のために犠牲になった。人は一生被害者として生きていくわけにはいかず、人生を取り戻したいという気持ちにつながり、それがあのショーだった。
 重度障害者だけの劇団がある。自分達の状態を見せる形でパフォーマンスをしているが、その人達の活動を思い出した。何か表現したい、自分達は身体が動くから、動けない人たちのために見せてやりたいと思ったのだろう。挨拶の途中で泣き出すシーンがあるが、どうしてなんだろうと引っかかっていたが、海の向こうにある小さな島で、自分達たちよりも症状の重い人間がいた。こういう事をしなければ出会えなかったのだろうと思って泣き出したのだ。彼らはその後どうなったのか?フィードバックが有るとの無いのとではは全然違う。

 P:水俣患者の感情は特に敏感だ。彼等が舞台挨拶の時になぜ泣いているのか、よくわからなかった。
 国の復興のために患者が犠牲になったが、日本と国では、戦後復興のために国民全員が犠牲になった。家族を顧みられずに仕事をし、子供の顔を見られなかったという話を聞いたが、日本ではそれが当たり前になってしまっていた。日本の政治家達がアメリカ・ヨーロッパに肩を並べたいため、国民を洗脳させた。国のために、国民は生活を犠牲にした。あまりにも犠牲が大きすぎた。同世代のサラリーマン達が気の毒だ。

 奥田みのり(ライター)
 昨日まで水俣に行ってきた。現地で胎児性患者に会った。胎児性患者が今どうなっていたのか知りたかった。映画を見て驚いたのは。彼らが歩いていたことだ。個人差があるけど、自力で歩いていた。30年後の今、彼らは車いすに乗っている。
 胎児性患者の人に呼ばれていったが、名水園に行ってくれといわれた。映画に出てくる施設だ。なぜならそこで、寝たまま1日過ごしている患者がいるるからだ。そこ以外のところでは、介護してくれる人がいれば買い物できるらしいが、寝たり起きたりという自由はない。彼らが、自分より自由の利かない人たちにあってくれという気持ちが出てくるのにはびっくりした。
 30年前にショーを実現させた彼らの心の中には、今でも名水園の存在が消えていない。言語障害を抱えているので、東京から来た私に、彼らはすんなりということができたわけでないが、時間をかけてゆっくりとメッセージを伝えたことに考えさせられた。 
 11日に不知火海患者会が和解するという記事が掲載された。その記事が掲載された新聞を熊本で買った。このニュースは東京ではどう報道されていると思っていたが、私が購読している新聞には掲載されていない。熊本にいる人は水俣病患者が、今も終わっていないと知っているが、この問題は東京ではほとんど知られていない。私はネットを使って、この問題を伝えているので、もっと知ってもらいたい。

 P:全員車いすになっていると知ってショックだが、これは驚くべきではない。地方新聞が残っているだけでもありがたい。ネットの影響で新聞が倒産するケースが続々と出ているが、これからかなりの弊害が出てくるだろうと思う。ネットは面白いと思う反面、見始めるときりがないからあまり時間をとられたくないと思っている。でも大事なことが伝わることもあるし、大事な役割を果たしていると思うので考えてしまう。
 今日は講演だが、それに見合った話ができなくて申し訳ない。

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PSILA

Author:PSILA
「平和」・「自由」・「平等」を愛する、ワーキングプア階層に属するしがない中年フリーター。
ひょんなことからボランティア精神に目覚め、某NGO主催のクルーズに参加したことがきっかけで「9・11」以降都内近郊で開かれた平和関係イベントに積極的に参加し、その模様をネットに公開するようになる。
このBLOGは、生活苦と闘うワーキング・プア中年男性フリーターの軌跡を綴るものである

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