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水俣病とメディア・3

2010 - 01/23 [Sat] - 10:40

 昨年11月3日に法政大学で開かれた「水俣病とメディア」の報告3回目。
 今回は、小林直毅・法政大学教授の話。

 私は熊本の放送局で流れたニュースを分析した。全国紙については言及されているが、テレビニュースは少ない。地方紙は縮刷版が残っているし、ドキュメンタリーは再放送されているが、テレビニュースを保管することはない。現在では保存している場合があるが、当時はその習慣がなくて素材が残っていないため、研究対象にならないが、特定地域としての認識を知る上で、テレビニュースの分析は不可欠である。熊本放送、NHKもあるし、当時の人が何を見ているかを知るのが研究の目的だ。
 地元放送局に保管されているニュース素材はないが、熊本放送が始まったのが59年、ラジオは53年。59~68年が分析期間、素材は47本だが、収録された時間はそんなに長くない。検索項目は68本、素材はもともと社内業務用に作られたため、一般公開されていない。そのため、個人的な信頼関係を築いた関係者から「学術研究」の目的で許可をもらって視聴した。アーカイブを作りたいのは、いろんな人に研究を公開したいから。オンエアした素材ではなく、プリントした物だけが現存している。そのため、ニュース原稿・進行表の発掘と対照が必要だ。放送記録はあるが、映像がない物がある。データー分析をしながら自分達がわからなければ、先輩達に聞きながらDBを作成した。原稿つきで最初に出てくるのは59年7月22日収録分だが、これは実験放送的な色彩が強い。当時は突き放した感じだった。紙だけではわからないので、ライブラリーにて映像を見て、ノートに映像概略を記す。今のところ本数が少ないところを見ているので、分析が追いついていない。
 ’61~’67年は地元でも報道されておらず、’68年以降に増えているのは、裁判が関係しているかも知れない。新聞も似たような状況らしい。’73年がピークで、’74年以降は減少傾向にあったことがわかる。残された映像は、関係者が見る発表ジャーナリズム的、漁民騒動に見られる事件ジャーナリズムの視点で取られた映像が多く、見舞金の報道はない。患者の映像は47本中9本、ほとんどが病院での取材で、患者正面からのクローズアップ・患者の身体表層、集落の取材がない。例外は水俣病のお原因が特定された’63年2月18日の映像。’68年に園田直が厚生相が熊本に入り、水俣病を公害に認定するニュースは15分あり、当時でも異例の展開である。患者に泣き寝入りさせない、病院患者を見舞う画面が出てくる。熊本放送が患者のインタビューを放映したのはこれが初めて。患者の様子がこの頃になると豊富になってくる。
 公害病認定後、関係者の映像や音声が増えてくる。当時とは違い、ニュースの結びの言葉に含まれるニュアンスが変わってきたり、患者に謝罪する社長の様子が放映されている。
 ’68年、熊本放送は初めて水俣病のドキュメンタリーを放送。その年の放送賞を受賞。これまで撮影してきた映像を編集して放映したが、これは地方局にしては画期的な出来事。このあと’73年、’97年にもドキュメンタリーが作られる。この映像からは、調査放送的な視点で制作され、チッソや行政に対する批判・告発のメッセージを読み取ることができる

 ここで映像 画面は白黒
 園田直厚生相が謝罪するところから始まる。こういう問題はちゃんとけじめをつける必要があると発言。患者と交流し、病院のベッドで暴れる患者、取りなす医師、その様子を見つめる大臣、気勢を上げる患者。ままならぬ身体で必死に「君が代」を歌う患者。天皇陛下万歳と叫ぶ、だが国家は何をしたのか?悲しげな音楽が流れる。政府は認定しないと文句を言う患者。寝た子を起こさんでもないい、力まんでもいいという意見があるが、公害病は放ったらかしにしてはいけないという大臣。この問題が取り上げられることは想定していなかった。
 
 当時の経営幹部 
 「いろいろな批判もあるだろうが、突如朝日に取り上げられ、いろんな事が言えると思うが、チッソという会社は何という会社だという宣伝をされた。私たちの力ではどうしようもない。こればかりはしょうがない。」
 患者の家族 
 「10年も待たされた。何というか 子供は言葉を発せず、奇声を上げるばかり 組合、会社などいろいろの立場があると思う 
 市民
 「過去のここの具体的な内容については議論したくない。自信があったら出さなかったと思う」
 画面の様子 触媒として水銀を使っている 魚も幽霊のようにゆらゆらしている。工場から出る煙は大なり小なり有害だ
 再び市民の声
 「市長とは特殊な関係だ」
 「私は関係ない」
 水銀は高いから排水溝に流すことはコストに影響する…。その時は水俣病のことは議会で出なかった。窒素が水俣病についての公式表明。
 患者にお詫びの言葉を書ける当時の経営陣「できるだけ援助したい」
 患者の嘆きの声 
 「例え工場所排水でこんな身体になっても、会社の責任ではないとわかったら年金を打ち切るといわれた」 
 経営陣 
「あの調停は立派だ」
 患者の嘆きの声 患者に呼びかける家族 患者はかなりの年なのに、知能指数は幼児並み 水俣病患者に誠心誠意を持って…
 市議会議員? 「その当時 労働者は目先のことしか考えない、それは今もあると思う 会社が撤退すると脅せば、市民は怖じ気づく」 
 経営陣 水俣というのは、日本の近代工業発祥の地だ。 我々の苦労を忘れろなんて簡単に言える市民の気持ちが全然わからない 

 映像ここまで。
 韻書運に残ったセリフを書き留めたので、ところどころつじつまが合わないところがありますがご容赦願います。

 字幕がないから違和感があるが、当時の関係者が何を考えていたのかがわかる貴重なインタビューであり、とても重要な要素を含んでいる。これを公開するのは重要であり、アメリカでは公共財としての扱いをされているが、日本でもどんどん広まればいい、だが問題は著作権、肖像権の壁があり、放送番組の学術的コンセンサスを得なくてはいけない。
 映像のどこに着目し、どんな意味をくみ取るのかを推し量らなければならない。この映像にどんな意味あるのかを書き込むことに意義がある。その背景を読み解くための資料を作りたい
 被害者の実名を明かし、素顔を見せる映像が多数存在しているのは、本人の承諾を得ているからだろう。熊本大学が撮った映像には、劇症化した患者さんもたくさんいる。ドキュメンタリーはショッキングなことを優先し、普通の映像では相手にされないことが多い。こういう映像をみんながアクセスできるようにしなくてはならない。

 残念ながらここから先は、私のパソコンのバッテリーがなくなってしまったため、記録を残すことができませんでした。これ以降の様子は、こちらのブログで書かれていますので、参考になさってください。   

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Author:PSILA
「平和」・「自由」・「平等」を愛する、ワーキングプア階層に属するしがない中年フリーター。
ひょんなことからボランティア精神に目覚め、某NGO主催のクルーズに参加したことがきっかけで「9・11」以降都内近郊で開かれた平和関係イベントに積極的に参加し、その模様をネットに公開するようになる。
このBLOGは、生活苦と闘うワーキング・プア中年男性フリーターの軌跡を綴るものである

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