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『祝の島』座談会・2

2010 - 02/10 [Wed] - 10:21

 「祝島座談会」第2回目。
 今日は、映像放映に引き続いて行われた、座談会の様子をお送りします。
 私のメモを元にしているので、ところどころ行き違いがありますがご容赦願います。

 映像終わり。ここから座談会

 内藤(以下:N)
 このイベントで話すのはこれがは2回目で、前回は殴り込みみたいな形で来た。前回は永六輔が出ていたが、(彼は高齢なので)舞台で倒れた時に備えて待機していた。
 島の中では、普段は暮らしに溶け込むような格好をしている。纐纈さんも、島内では目立たないようにしていた。
 余命というのは医者の言うことを真に受けてはいけない。あくまでも統計でしかない。そのおばあちゃんは余命1ヶ月といわれながら、結局10ヶ月生きながらえた。その様子を見て「うらやましいな」と思った。

 纐纈(以下:H)
 死にゆく患者を支える中で、人が最後の時を迎える仕事ををしているということが伝わってきた。映像を見ていて感じたことは島の人たちの生き様に強烈な者を感じている。

 N:最初祝島という文字も知らず、どこにあるのかわからなかった。映像は言葉以上にインパクトがあるが、それだけがリアリティーではない。命は自分が困ったり傷ついたりしないことには学べない。私は地理がわからない。学会で高知に行った時に祝島のことを聞かされ、現地訪問のお誘いに対し。軽い気持ちでOKした。原発建設予定地に上陸したので、そこでなにが起きているのかわかった。
 段々畑のあるところは歩くと1時間以上かかる。坂を転げるとそのまま海に落ちる、そんなところばかりだ。みんなでいいなあ。そこで亡くなりたいと望めばできる状態になっている。子供が来られないと決まっていたら、子供がこちらに来ることができる方法を、今から考えないと間に合わない。
 知らない、なにかを作り出すという世界がそこにある。輸入品に頼って生きているが、原発の問題が反対していることを誰も知らない。そこに現代社会の危うさがある。命に触れるということを何らかの形で考えて欲しい。

 山秋(以下:Y)
 今からなら何とかしていける。纐纈さんが無関心への怒りがあるといっていたが、それだけで映画を作っているわけではないと思う。そこまで粘り強くやっているところには、そういう物のつながりが希薄な首都圏の人間関係に物足りなさを感じているのかな?地元の人たちとの交流で印象に残ったことを教えて。

 H:怒りもあるが、島の人が本当に好きになり、いろいろ知りたくて共感したくて、それを撮影という手段を用いて、島に通い続けた。年末年始に「寅さん」を見たが、そこで展開される世界には、たとえ悪人とか裏切りが入ってきたとしても、全体として他人の暖かさ、つながり、信頼感があり、神経の1本がゆるみ、常に安心してみられる。寅さんと祝島の人は感覚が似ている。絶対的な安心感がある。いろんな人がいるが、それぞれがいいと認め合いながら暮らしている。そうでないと、厳しい環境では生きていけない。自分がその空間にいることが嬉しい。突き詰めて考えていけば、命と命の実感がある。島の住民はコメディアンみたいだ。

 N:原発のデモは安否確認かと思うほど静かだ。世間話をしながら「エイ、エイ、オー」と叫ぶ。警官はその様子をじっとみている。それが28年も続いている。

 N:「余命1ヶ月」と診断されたおばあさんは、ゆっくりしながら亡くなっていった。普段の生活は息子夫婦とおばあさんの3人だ。末期ガンになったら家族が交代で,おばあさんの家にやってきた。あまり長く生きるので、家族から延命措置していないよね」と突っ込まれた。そのおばあさんは当初の予定より生き存え、2ヶ月以降も過ぎ、GW、夏休み以降も生き延びた。自分の仕事もあったが、敬老の日まで元気だった。死ぬ前の2日間は昏睡状態だった。だが、家族はそれを喜んだ。葬式の準備ができるからだ。この時点で、家族は覚悟を決めているのだろう。
 普通医者が葬式に出ることはない。死亡診断書をくれた人を呼ばない。でも私は葬式に呼ばれた。それがありがとうというお気持ちなのかな?代々座る場所はおばあさんの隣。坊さんを呼んだら私の次は困るだろうからといつもいっている。お坊さんの場合、半数以上は当人に会ってない。中には威張る人もいる。お坊さんの後に私が挨拶する。生前のその人となりというのを知っているから。
 まわりに支えてくれる人がいれば、在宅ホスピスは可能だ、祝島では無理かも知れないが、それに近いなにかのシステムを構築することは可能だ。あやふやではなく、きちんとした制度を、クリアに明言するとしたらら、医療チームがキーとなるだろう。
 本人がここにいたいという気持ちを家族が理解し、介護休暇を取ってくれれば理想的だ。ガンの場合は予測がつくが、それ以外は難しい。日本中にケアマネージャーが頑張っているが、家族を巻き込むプランを考えて欲しいといっている。私が住んでいる甲府でも、家族がいない患者が多い。ある患者さんのご自宅を訪問すると、家族かと思って話をしたら、その人はヘルパーさんとケアマネだった。家族は遠くから指示しているだけ。
 自分の活動が地域に住む人が認めてくれると、地域が抱えるいろんな問題が見えてくる。接点がない人たちが困ったとか、諸々の問題。 
 高齢化と過疎は全国一緒だ。困ったではなく、これは我々の問題でもある。全国各地で講演しているが、その後経験の中でなにが一番大事なのか?命にできるだけ触れて欲しい。孤独にならないようにして欲しい。皆さんが孤立しない方法を探して欲しい。

 H:離島のお茶会は最高だ。あれは自主的にやっている。知り合いがはお茶会にこないと、「あれ、おかしいな?」と他のメンバーが電話する。島内には若い世代がいないので、元気な年寄りが他のばあちゃんの面倒を見ている。祝島は絆は強いが労働力がないから苦しい。沢山の人がでてきてきいていたが,最後にこれだけ原発になって一丸になってきたので、その一番大事な主のはここにあるから、ノリ蹴られるといったらじいさん婆さんが泣いた。これからどうなるのだろうかと。生きる力を終わるまではという自主的なことがどうなるかという問題を抱えている。時間がない。
 島の住民の高齢化が進み、反原発デモに参加する人たちは少なくなっている。
 内藤先生は、 白衣を着ないで住民の家を訪問される。ああまた来たという感じで部屋に入り、医療行為や家族の方と世間話をしたりする。身体をみるというのではなく、その人の暮らしに入るというありかたが素晴らしい。私は撮影をする上でできるなら透明人間になりたいと思っていた。違和感を消したい、持ち込みたくないという一心でやってきたので、そういう人がいたらいいと思う。
 島に行くまでは悲痛な叫び声というのを想像していたが、基本的には明るく楽しい雰囲気。原発に負けられないという基本的な姿勢だ。地元で報道する映像は座り込みと、桟橋を移動したところ、抗議活動が報道されて終わったが、実際は笑ったりおまわりさんと世間話をしたりして、人間の本質は明るいものだと実感した。

 N: この映画も多分成功する。こっちとあっちと選ぶなら、笑う方を選びたい。最後にいてくれる人がいる幸せを知って欲しい。皆さんが発信源になって、命につながる活動をしていることを忘れないで欲しい。今日では、命の輝きを知っている医者看護婦が育ちつつある。今日はありがとう。

 H: 原発ができると、生態系を壊してしまう。墓は原発が見る方向にできるから、先祖はつらいだろう。自立できる人が海の幸山の幸で暮らしていけなくなる。

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Author:PSILA
「平和」・「自由」・「平等」を愛する、ワーキングプア階層に属するしがない中年フリーター。
ひょんなことからボランティア精神に目覚め、某NGO主催のクルーズに参加したことがきっかけで「9・11」以降都内近郊で開かれた平和関係イベントに積極的に参加し、その模様をネットに公開するようになる。
このBLOGは、生活苦と闘うワーキング・プア中年男性フリーターの軌跡を綴るものである

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