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調子狂うなあ
朝から、気勢をそがれることがあった。
おかげで、調子が狂ってしまった。
このBLOGがお世話になっているプロパイダーが、本日メンテナンスを行った。
FC2内ネットワークのメンテナンス
本来だったら、今回のメンテナンスは早朝15分間の予定だった。
ところが、朝8時過ぎになってもまだ終わらない。
私がアクセスした9時過ぎも、画面には「メンテナンス中」の文字が出ていた。
10時過ぎになってやっとログインできたと思ったら、今度は「DB作成不能」の表示が。
心の中の風船が
「ぷしゅー」
と潰れるのを感じた。
初めての「月命日」
父が旅立ってから1ヶ月が経過した。
きょうは、初めての「月命日」である。
人生最後の3ヶ月、父は病院のベッドで過ごした。
ベッドの上で体を「く」の字に曲げていた父。
母と私が見舞いに来るたび
「ごくろーさん」
と声をかけていた父。
口癖のように
「まいったなあ」
とぼやいていた父。
臨終の日、乳はベッドの上で泣きまねをしていた。
「死にたくない。いきたい。お前らと一緒にいたい」
という気持ちが痛いほど伝わってきた。
もう起き上がる力はなかった。
会話する気力も残っていなかった。
ただ、こちらの呼びかけには顔を向けて反応してきた。
最後の最後まで、父は命の炎を灯そうと努力していた。
所詮全ては「建前」さ
いやいや、医療業界関係者のプライドの高さは、医者や看護婦だけでなく、ボランティアもそうだったとはね。驚きを通り越して、怒りすら感じる。
本日有給を取得し、都内某所へ足を運んだ。某有名病院のボランティア説明会に参加するためにである。自分では余裕を持って出発したつもりだったのだが、現地についたのは集合時間10分前。中はとてもきれいで立派。ロビーには、すでにボランティア希望者と思しき数人が待っていた。
今日の説明会にやってきたのは全部で13名だが、私みたいな「中年男性」は私一人だけ。実はこの数字、私が普段お世話になっている病院のボランティアの前人数より多い。立地とネームバリューで、ボランティアの数がこれだけ違うのかと思った。規模の大きい病院でボランティアしたいと思う人間は、私だけではないようだ。
先方は説明会の中で、活動拠点が60箇所以上あること、職種も多岐にわたることを説明した。私はその中で、と諸兄の職種を希望した。ところが具体的な個別面談に入り、私の順番が来ると、室内の雰囲気は一変した。
イーモバイル導入
結局、イーモバイルを導入することにした。
確かに、パンフレットには
「ご家庭でも簡単にインターネットが楽しめる」
と大々的に宣伝文句が踊っている。だが、携帯電話の電波を使っている以上、電波障害の疑念はずっとついて回る。なぜなら私が使っている携帯電話会社は、自宅に電波が届かないからだ。前の日記にも書いたとおり、今の家計状況を考えると、イーモバイル導入は「賭け」に等しい。それでも導入を決断したのは、ネットカフェ代金とその交通費と、イーモバイル料金を天秤にかけた結果、自宅でネットした方が安いという結論になったからだ。
どんなパソコンがいいだろうかと思って、とある都市のパソコンショップに足を運ぶ。私が希望しているパソコンは、バッテリーの耐久時間が長く、キータッチの感覚がいいもの。当然、予算は「100円」で、持ち帰り可能なもの。
それらを勘案した結果購入したのが、今日使っているパソコンである。キータッチは満足できるものだし、画面も「100円」パソコンにしては広い。使い勝手はこのレベルの機種にしては、結構満足できるものだ。
ネットカフェ住民の敵は
風邪をひいている人である。
はっきりいって、迷惑この上ない。
父を見舞った後の帰り、近所のネットカフェでBLOG記事の更新をしていた。
気がつくと、どこかで
「ゴホッゴホッ」
という音がが耳に入ってきた。
いやな予感がした。
この近くに、風邪をひいている利用者がいるのではないかと。
不幸な予感は的中した、
通路を隔てた隣の席に、その客はいた。
ボランティア
以前私は、ボランティアに熱中していた時期がある。
といっても、最初からそうだったわけではない。
親はわりと早くから、私に「ボランティアをやれ」といってきた。
だが私は「金にならないから嫌だ」といってきた。
面倒くさいということもあったのだが、他人のことなんか興味がないからでもあった。
そんな私だが、ある日無性に
「ボランティアをしたい!」
と思うようになった。
理由なんかない。
ただ
「ボランティアをしたい!」
という至極単純な理由で、私はとあるボランティアセンターの案内窓口に立っていた。
最初は、2つのNGO団体を掛け持ちしていた。
ところが、その雰囲気の違いに愕然とする。
ひとつはやたらと辛気臭く、もうひとつはやたらとにぎやかだった。
そして、活気があり、ボランティアメンバーのエネルギーはすごかった。
どうせやるのなら、楽しい雰囲気でやりたいというのは理の当然。
その団体で、ボランティアをすることに決めた。
私と、ピースボートの出会いは、こんな感じで始まった。
それは早く言いなさい
私のところに、某放送局が取材でやってくることになった。
取材はどうぞご自由にというのが、私を含めて職場の仲間のスタンスである。
ところが、そのことを知らされたとたん、パートさんたちはいっせいにブーイング。
そりゃそうだろう。
その「告知」というのが、当日の朝礼でいきなり行われたのだから。
「ブーイングするな」というのが無理な話だ。
直後に社員から詳細な説明があったが、不穏な雰囲気を感じ取ったのか、困惑の表情がありありと見て取れた。
どうやら、現場の社員にも取材の件が伝わっていなかったらしい。
持つべきものは友
父が認知症とがんを患っていることは、定期的にこのBLOGを訪問している人ならすでにご存知だと思う。
医療系のMLやコミュニティサイトに知恵を請うたが、反応ははかばかしくなかった。
思い余って、4年以上も投稿していなかったMLに救いの手を求めた。
すると、管理人さんがいい知恵を授けてくださった。
その管理人さん一家と私は、ネット上を含めると、かれこれ6年以上のでの付き合いになる。
その人は新聞記者で、定期的にトークショーを開催していた。
私も時間をやりくりして、その人のトークショーに顔を出し、酒席を共にするようになった。
いつしか、それが最大の楽しみになっていった。
しかし、好事魔多し。
4年前に私のパソコンが故障し、ネットにつながらない環境になってしまった。
一転して、彼らとのつながりも希薄になってしまった。
2年前の年賀状で「みな心配しています」と書いてあった。
返事を出せない自分が情けなかった。
一難去って…
やっと、肩の傷がふさがった。
もともと、私の左肩には脂肪の塊があった。
父からは「さっさと切除してもらってこい」といわれていたのだが、面倒くさがり屋の私は、そのまましばらく放っておいた。
それがいけなかった。
ある日、塊が破裂した。
原因不明の熱が出て、2日間ほど床に臥せっていた。
かかりつけ医に、点滴を打ってもらった。
3日目、母がびっくりした様子でこういった。
「パジャマに膿がついている!」
夜の都会の雑踏で
先日、久々に都内に行ってきた。
本当は毎週末にでも行きたいのだが、父が死の床に臥せっている上、先立つものがないから今は月1回くらいしか行くことができない。
都内に行くときは、必ず書店に足を運ぶようにしている。地元の大型書店でも見つからないような本がたくさんあるからだ。まあ、今のところBLOG更新以外では、これが一番の楽しみだ。
都内だけあって、人がごった返している。
私の地元とは比較にもならない。
「一極集中格差」を感じる瞬間だ。
一杯800円以上の高級ラーメン目当てに長蛇の列の店の隣にある定食チェーンで、昼間食べたものを夜にも食べる。
惨めだ。








