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院内感染?
昨日、看護師長さんが父の病室にやってきた。
父は、ここしばらく微熱が続いていたので、検査をしてみたところ、細菌に感染していたことがわかったという。
「ほかの患者さんに感染してはいけないので、これから個室に移動します」
と師長さんはいい、すぐさま父は個室に移された。
院内感染?
何じゃ、そりゃ?
母と2人、一体どこが悪かったのかと思案しあう。
ほどなくして、主治医がやってきた。
鼻から病原菌が検出されたので、これからしばらく治療を行いますという。心配した母が
「私たちからうつったのでしょうか?」
と質問すると、主治医はそうでないから心配するなと答えた。
何をいまさら
昨日、自宅に電話があった。
相手は、父の転院先について先日相談したところである。あいにく私は仕事のために不在で、電話は母が応対した。
相手は定年退職した人で、余生を市民活動にささげているという人。
電話では母は、すでに転院先が決まっているというと、相手は
「じゃあ、またなんかご縁があったら」
というようなことをいったそうだ。
遅いわい!
私がこの組織に相談したのは、もう2週間近く前のこと。
どんな事情があったのかは知らないが、定年退職しているのだったら、もう少し機敏に対応できそうなもんだろう。それができなかったのは、いったいどんな事情があったのか?
だが、驚くのはそれだけではなかったのである。
余命一ヶ月?
今日、母が父を見舞った。
本当は昨日行く予定だったのだが、折からの大雨で行くのを取りやめた。前日、父に
「明日行くからね」
といわなかったから大丈夫だと、母は判断したのだろう。
ところが、父はそれが不満だったらしい。
母が父の病室に入ると、父の点滴は以前のように包帯が巻かれていた。
「これしか楽しみがない」
と言い張る父に対し、母は
「看護師さんに怒られるでしょ?」
とたしなめた。
とたんに父はカチンと来て、とても病人とは思えないほどのスピードで上半身を起こすと、母を蹴飛ばした。
転院予定先病院との面談
本日、父が転院する予定の病院のソーシャルワーカー(以下SW)さんと面談してきた。
なぜ転院するのか?
父がわがままからか?
それも原因のひとつだが、本当の理由は今の医療システムにある。
今の病院は「治療型病院」と「長期療養型病院」の2つに分けられる。
前者が病気の治療・目的としているのに対し、後者は症状が安定している患者の療養・リハビリに重点が置かれている。後者のいう「リハビリ」には、父のような、末期がん患者でこれ以上治療できない状態の患者も含まれる。
近所の人にその病院の話をしたら
「とても古い病院だよ」。
ネットで検索したら、病院のHPには「緑に囲まれた静かな長期療養型病院」とあった。
病院運営の送迎車で、その病院に向かう。
古いながらも趣のある建物を想像していたのだが、建物は立派である。
先方のSWさんはとても感じのいい人(まあ、どこの病院もそうだろうが)。
SWさんと話をした結果、父はそこの病院で受け入れてくれることになった。
ただ病床がいっぱいで、父を迎えるには後1〜2ヶ月くらい待たなければならないという。
それまで、父の病状が持つかどうか。
みんながんで死んでゆく
父は、昼間眠っていることが多い。
これは今に始まったことではなく、自宅療養中からそうだった。
昼間寝ているから、夜眠れなくなって当たり前なのに、本人は
「夜眠れなくて参った」
とぼやいていた。
「トータルで見ると、父さんは眠っているんだよ」
と私や母がいったり、
「昼寝するんだったら、1〜2時間程度にしないと、夜眠れないよ」
と医者が説得しても、なかなか言うことを聞いてくれない。
いや、正確に言えば、こちらがその場で注意すると父は
「ああ、そうか」
と返事するのだが、30分すると、前に言ったことをもう忘れてしまっている。
ボケが進んでいるからなあ。
参ったなあ。
世の中そんなに甘くない
先日、ある患者団体に連絡を取ってみた。
自分が参加するメーリングリスト(ML)で自分の窮状を訴えたことは、すでにBLOGに書いたとおりである。
私の窮状に対し、その人はある組織を紹介してくれ
「そこに相談してみればどうか?」
といってくれた。
母より一足先に帰宅し、連絡先となっている番号をダイヤルする。
ところが、様子がおかしい。
何回かけても、電話がつながらない。
「業務が終了したのか?」
と思ったが、時間はまだ平日の夕方だ。
リダイヤルを繰り返すと、今度はFAX音がなった。
「ピー」という音の後、やっと先方と話をすることができたのだが…
悪魔の妨害 近づく死神
降りしきる霧雨の中、父の見舞いに行ってきた。
父はぐっすりと寝ている。
私がやってきたのかを見計らうかのように、悪魔の一人がやってきて、何かのスイッチを切った。そして「帰るときにまたスイッチを入れますので、ナースコールしてください」といった。
父が目覚めた。
昨日の段階で、舌から出血しいているから、具合はどうか聞いてくれといわれたので、様子を伺った。幸いなことに、出血は止まっていた。
「寝ていいかい?」
父はそれだけ言うと、またウトウトと寝入った。
父のベッド周りを観察した。
いつの間にか、ベッドの高さが下げられているのに気がついた。
相当弱っているということが、これだけでわかる。
死神の訪れが、また一歩近づいた。
死生観のギャップ
この格差が埋まらない限り、信頼構築は難しいと見た。
がん患者の8割超「最後まで病気と闘う」、医療者とギャップ
看護婦にも同じアンケートをしたら「最後まで闘う」と答えたのは3割しかいなかった。
「やるだけの治療はしたと思える」という質問にも、患者・家族は9割が「はい」と答えたが、同じ質問には看護婦は6割弱、医師は過半数にとどまった。
「助からない患者の世話なんか、いつまでもやってられない」という、医療サイドの本音が透けて見える。
患者は「最後まで面倒を見てほしい」と思うが、その願いは医師・看護師サイドにはなかなか伝わらないのが現状だ。
面倒見のよさという点では、かかりつけ医のところの看護師たちのほうがはるかにましだ。
日々病院から医療現場を見つめていて「病院の看護師たちは、なんてプライドが高いんだろう」と思わずにはいられない。
この違いは、どこから来るのだろうか?
外科と内科は不仲?
ソーシャルワーカーさんとの対話が終わった後、私は母より先に帰宅した。
母は父の面倒を見て、これから帰宅しようとすると、外科に入院していた時にお世話になった看護師さんから声をかけられ、いろいろとお話したそうだ。
母はその看護師さんに
「外科と内科って仲が悪いんですか?」
と聞いたら、その看護師さんは困った顔をしたそうだ。
母は帰宅して後、私に
「我々が意地悪されたといううわさを聞いて、わざわざやってきたのだろうか?」
といっていた。
タイミングからすれば、そう思っても不思議はないという、絶妙なものであった。
SWとの面談
本日、母とともに、父が入院している病院にいってきた。
主治医から転院の打診を受けての面談でのためである。
病院のソーシャルワーカー(以下SW)さんとの面談は、都合1時間以上に及んだ。
病院のSWさんと相談してみてわかったことは、今の医療システムは、ワーキングプアや生活保護世帯にとって、極めて厳しいということだった。
なぜ今回転院の打診を受けたのかというと、今入院している病院は「治療型病院」であって「療養型病院」ではないからだ。
「療養型病院」は全額生活保護ではやってもらえず、自己負担分が発生するのだが、問題はその金額。どこも5〜6万自己負担(毎月)かかるということたが、今の我が家の経済状況ではとても無理な相談。実際、本当は入院治療が必要であるにもかかわらず、多額の自己負担金を払えないため入院をあきらめ、泣く泣く自宅に引き取る家族も多いそうだ。
私の住んでいる地域には、施設の整った病院があるのだが、そこは「生活保護需給家庭はお断り」。
生活保護受給者のどこが悪い!
医療費は公的機関が払ってくれるのだから、費用の取りっぱぐれということはあり得ない。
そこまで弱者に冷たくしなくたっていいだろう。








